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死ぬべきならば、死にます 
日本のとりなし委員長   ヨハネ・皆川尚一
そこでエステルは命じてモルデカイに答えさせた。「あなたは行ってスサにいるすべてのユダヤ人を集め、わたしのために断食して下さい。3日のあいだ夜も昼も食い飲みしてはなりません。わたしとわたしの侍女たちも同様に断食しましょう。そしてわたしは法律にそむくことですが王のもとへ行きます。わたしがもし死なねばならないのなら、死にます」。モルデカイは行って、エステルがすべて自分に命じたとおりに行った(エステル記4:15〜17)。

昔ペルシャのアハシュエロス王(西暦紀元前486〜465年在位)の治世の頃、ユダヤ人モルデカイの養女エステルが美貌と気立ての良さによって宮中に召され、アハシュエロス王の妃となりました。時に総理大臣ハマンがユダヤ人を憎んで皆殺しにする計画を企てました。するとモルデカイはエステルに王の召しがなくても、命がけで王に近づくことができるのはエステルしかいない。全ユダヤ民族の救いのために、法律に背いても王に近づいてくれとさとします。そこでエステルは決心して言いました、「法律に背いて王のもとに行きます。神様の助けをみなで断食して祈って下さい」と。「もし、私が死ぬべきならば、死にます」とはあっぱれな覚悟ですね。王は招かれないのに来たエステルに笏(しゃく)を差し伸べてこれを機嫌よく受け入れ、ハマンの姦計を覆して、逆にユダヤ民族が武装してハマン一族を滅ぼすことを許可しました。ユダヤ人はこの出来事をプリム祭と呼んで毎年お祭りをして祝います。 

戦後の日本人は「命が失われるから戦争は嫌だ」とか、「国を護るためにだって死ぬのは嫌だ」とか、「安保法制で自衛隊員が死ぬリスクは避けたいとか」、テレビで報道される映像を見ると、腰抜けそのものです。これでは国は護れません。 エステルのように、「ユダヤ民族を護るために、もし死ぬべきならば、死にます」と、一身をなげうって国難に当たる大和魂があってこそ国を護ることができるのです。その大和魂というのは、天地万物創造の神からの命令を受けて、この地上を治めるために天下った天皇(すめらみこと)のみ側で、「死ぬべきなら死にます」と言う精神を意味します。「海ゆかば、水漬くかばね。山ゆかば、草蒸すかばね。おおきみの辺にこそ死なめ。顧みはせじ」という歌を歌って死んだ幾千万の将兵こそ、日本国の誇りであり、宝ではありませんか。われわれは新しい日本を築くのに「死ぬべきならば、死にます」を心に刻みつけたいと思います。






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