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かんながらの道とキリスト教の接点

             キリスト公会相模大野教会牧師  皆川尚一
初めに
わたしは日本のとりなしニュースレターの付録として連載されてきた黒瀬 博先生の
「日本文化の中に受肉された神」というレポートに共鳴するところが多くありますが、とくに第3回の「先祖崇拝とキリスト教」にはもろ手を挙げて賛意を表するものです。
 このたび、黒瀬先生のご尊父様がご他界されたため、先生に代わって執筆することになりましたので、上記のテーマで、明治の先覚者松山高吉牧師の「神道起源」とキリスト教の接点を取り上げてみたいと思います。

松山高吉の経歴
 松山高吉(たかよし)は新潟県糸魚川(いといがわ)出身の国学者・神道家でありました。皆様ご存知の通り、昔は日本海側が表日本であり、日本文化の伝統が開花し、結実し、受け継がれたのは日本海側でした。ことに糸魚川は越後文化の中心地であったということが出来るでしょう。松山高吉は幼少の頃から漢学と国学を学び、賀茂真淵、本居宣長らの著書に親しみ、平田篤胤の子鉄胤に師事して古道を学びました。また、京都の白川神道伯家で国史・律礼・格式等を学びました。
 松山高吉は初めキリスト教を日本の伝統を乱す邪教と考え、その実体を探るために
神戸に来たアメリカ人宣教師グリーンの許に日本語教師として雇われました。初めは奇跡、十字架、復活等はなかなか信じられませんでしたが、聖書の中の「なんじの父母を敬え」という教えや、主イエス様が十字架の上から弟子たちに母マリア様を託したことにいたく感銘しました。明治7年4月19日彼はキリストに逆らったこれまでの罪を悔い改め、決然信仰を告白してグリーンより洗礼を受けました。この日洗礼を受けた者は11名で、摂津第一キリスト公会を設立しました。明治20年京都平安教会の牧師として招聘され、在任中4年間リバイバルの火が燃え上がり、悔い改めて救われるもの多く、教勢は大いに発展しました。新約聖書、旧約聖書の翻訳、讃美歌の作詞・編纂にも携わり、のちに組合教会から聖公会に移りました。

 松山高吉が明治26年7月に「神道(しんとう)起源」という著述を発表したのは、彼でなくては書けない神道以前の「神ながらの道」とキリスト教との接点に不思議な一致を見出したからでしょう。先ず、その所説をまとめてご紹介したいと思います。

「神道起源」の概要 
日本固有宗教は無名であった
 宗教としての「神道」という名称は初めはなかった。用明天皇紀(BC586)では「神道」を祭祀のわざを言い、孝徳天皇紀(BC647)では「かんながら」を天皇の子孫が日本に君臨するのは天の神の定めた道であるという意味なので、まだ宗教とはなっていなかった。しかし、その内容を知るための資料として挙げられるものは、古事記、日本書紀、古語拾遺(こごしゅうい)、大祓詞(おおはらいのことば)、出雲国造神寿(いずものくにのみやつこのかんよごと)、風土記(ふどき)、万葉集(まんようしゅう)等が日本固有の宗教の研究資料となるであろう。

無教祖、無経典
 しかし、日本にはいわゆる「神典」はない。上記の資料は歴史書であって、これらをを神典として扱う神道家や国学者は誤っている。日本国民は上古から「ある種の宗教」を持っていた。しかし、それは教祖によって造り出されたものではない。それゆえ宗名もなければ、経典もない。無名無言の教えであって、歴代の祖先が知らず知らずの間に伝えてきたものである。だが、名称はなくても実力はある。書いた教訓はなくても、国民を教え、遠い神代から現存して日本の風気を振興し、国民道徳を維持し、日本が建国以来今日に至るまで少しの欠損もなく国際社会の中にあって立派に国としての対面を保てるようにしてきたのである。この無名無言の教えは忠孝仁義を重んずるが、元来その名目はない。しかし、シナに勝って日本では行われたので、シナでは日本を誉めて「君子の風あり」などと書いている。

善良にして幼稚
 日本固有宗教はこのように善良な性質をそなえていたが未だ十分な成長をとげないうちに、外部から成熟した宗教が渡来した。仏教、儒教である。そのため日本は善良ながら幼稚、外来の方は不善であるが成人しているため、ついにその障害を受けて元服命名する機会を失ってしまったのである。しかし、その実力は依然として存在し、潜在的に国民を支配し、一個人に現れては大和魂となり、一国の上に現れては国体となった。だから、儒教もその本性のまま日本で勢力を伸ばすことが出来ず、ついにシナ服を脱いで、日本儒教となり、仏教も神仏混淆の説が生まれて一種異様の日本仏教を形成したのである。
 
固有宗教の本体
名はなくてもこの力があり、言葉がなくてもこの勢いがある固有宗教の本体とは、そもそもいかなるものか。古来わが国の学者はこれを見たいと思ってもみることが出来ず、本居(もとおり)、平田も今一歩というところまで来たのにその真の姿を覗き見ることは出来なかった。しかし、千数百年間、迷霧のために形態を隠し、古史の中に潜み隠れていた固有宗教の本体を、わたしは今こそ世に顕わしたいと思うのである。

1.上古の日本国民は天地の主宰者たる造化の神を信奉した。
  古事記の初めにある、「高天原に成りませる神の御名は天御中主神、高御産巣日  神、神産巣日神云々」。高天原とは「天」であり、天御中主とは「天に在して宇宙を  主宰したもうの意。産巣日の上にある高と神は尊称であって、「産巣日(むすび)」  は「万物を創造する」という意。この三神はその功徳を分けて称えたものであるか  らその本体は一神である。

2.造化の神を見えない者としたのは、いわゆる霊体とたのである。
  古事記には、「この三柱の神は隠り身にましましき」とある。

3.神に敬虔な態度で仕え、悦んで神の命令に服従する。
  罪と穢れは神に嫌われるものとして、常に禊祓を行い、「太占(ふとまに)」によって  神慮を判断した。

4.天神の徳を思い常に感謝祭を行なった。
  新穀を神にささげて後に家族全体で感謝祭を行って食べた。朝廷では新嘗祭、
  天皇即位のときは大嘗祭を行い、蚕糸麻楮が出来ると新しい衣を作ってささげ神  衣祭(かんみそまつり)をささげた。

5.善悪の霊があって人の心を導くものと考えた。
  善の霊を直日神(なおびのかみ)と言い人の心を直く、正しく、柔かくしてすべて良  い方向に行かせる。悪の霊を八十禍日神(やそまがつひのかみ)と言い、人の心  を曲がった、不正な、荒々しくし、すべて悪いほうに行かせる。

6.罪は贖物(あがもの)により、禊祓(みそぎはらい)によって取り除かれるとし、その 罪ならびに凶事は汚穢(けがれ)から生ずるものとし、特に火の汚れを最も嫌った。
  罪を犯したら贖物を出し、それから後で祓除を行う。罪の軽重によって贖罪物も
  違ってくる。
7.黄泉国は極めて不潔で暗く醜い国であって人は誰でもここに来るわけではなく、こ のほかに幽界があって死後の霊が住んでいると考えた。
 
8.人は肉体と霊魂とを有し、霊魂のはたらきは肉体に優って霊妙な力を現すものと信じた。霊魂は「幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)、和魂(にぎみたま)、荒魂(あらみたま)と称する。

9.固有宗教と道徳の関係
 聖書に「樹は実によって知られる」あるから固有宗教の結果である当時の道徳のことを言うのは不必要ではないであろう。
 上代という未開の世でありながらも、君臣、父子、夫婦、兄弟等の間の道徳には非常に大切な真理が見られる。その基本は「敬神」ということである。日本皇室の神武天皇以来2552年の今日に至るまで天皇位の継承が連綿と行われてきた。その初めは皇孫ニニギノミコトがこの国におくだりになったのは高御産巣日神の命令によって皇位は天神が定めるもので、臣民が犯すべきものではないとの信仰が上代の国民の間に受け継がれてきたことによるのである。国民は神を敬うゆえに、神が統治権を委ねた天皇に服従するのである。また、親子の情が厚かったこと。また、イザナギ、イザナミに協力して幼稚な国を開いて完成せよとの大任を下し夫婦の分を定め、夫婦が助け合ってこの世の事業をなすべきことを示した。夫婦の権利には区別がなく、人格にも尊卑の差別がない。夫婦が愛し合うのは神のお立てになった道であると考えていた。

結 論、
 日本人はこのような宗教、このような信仰、このような道徳をもって国を建て社会を組織した。もし外から妨げるものがなかったならば、どんなに美しい姿で世に出たことであろうか。儒教も仏教も外来のものはその発達の妨害にはなっても、利益にはならなかった。日本は宗教の荒廃地である。今日キリスト教を憎み、キリスト教を敵とするのは誤謬の神道、寄留の仏儒のみである。キリスト教を伝える者がもっとも注意すべきは、これらの宗教と日本固有の宗教とを混同視しないことである。隠れた所に潜んでいて実力を持っている固有宗教を認識し、互いに手を取り合ってはたらくならば、その効果は何倍にも増し加わって神の栄光となり、ひいては国家の光栄ともなるであろう。固有宗教は名を持たないのが幸いして、その力、その権、その所有を上げてキリスト教に譲るであろう。日本を煩わした諸宗教は恥じ畏れて跡形もなくなるであろう。願わくは国と権と栄とは唯一なる全能者に帰し日本は限りなくご恩寵に浴せん事を。

終りに
 この著述が期待したことが果たしてその後100年の日本に実現したでしょうか。キリスト教を伝えてきた者たちは、日本固有宗教を打ち立てられた主のみ前に、何が障害となっているかを謙虚に見直す努力をする必要があるでしょう。
                                      以 上

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