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日本文化の中に受肉された神 (その2)
                             東京西バプテスト教会牧師  黒瀬 博
  日本文化とキリスト教の間に多くの類似点があることは、日ユ同祖論などの論点を除いて、今まであまり指摘されてきませんでした。しかし、仔細に分析すると多くの類似点を見つけることが出来ます。単に表面的に似ているだけでなく、本質的なところまでも一致しているように見えます。これは単なる偶然と言うにはあまりにも良くできています。これこそ、神の御手ではないでしょうか。

今回は、判りやすい類似点である「天国」、「死後の世界」について取り上げます。

日本人は漠然と死後の世界があると信じてきました。それゆえ、すでに古事記・日本書紀の時代に「モガリ」と称するお葬式が行われていました。地位の高い人は、土を盛った丘を作り、故人の身体を納めました。これが古墳です。古墳は九州から北海道までの日本全国に点在しています。死後の世界への哲学・宗教的考察は書き残されていませんが、何らかの霊魂の存在、そして、その永続性を信じていたのではないでしょうか。その霊魂の住む場所のことを、後の時代、天国と称するようになったのです。

日本において、魂の永遠性を宗教的言葉にしたのは仏教が最初です。仏教では霊魂という言葉よりも、生命という言葉を好みますが、個々の生命は宇宙の大きな生命の一部であると教えています。死ぬと霊魂は大生命に戻り、そこからこの世にまた生まれてくると教えます。これを輪廻思想と言います。

輪廻思想はもともとインドの考え方であり、東アジアにはありませんでした。しかし、仏教の流布によって、輪廻思想は次第に各地に広まりました。しかし、仏教が伝来した6世紀、日本はすでに立派な文化を形成していました。生命論や輪廻思想はある程度の影響力はあったものの、結局、日本社会の根づくことはありませんでした。むしろ、仏教が日本文化に融合し、日本に古来から伝わる教えを受け入れ、輪廻の代わりに、極楽、または、浄土という、本来の仏教にない教えを説くことで日本に土着したのです。

天国という用語を誰が最初に使ったかは、現在調査中ですが、おそらく、仏教の極楽、浄土思想の影響を受けた国学者たちが発明した言葉ではないでしょうか。もしくは、中国に古くから伝わる言葉かもしれません。

日本において、天国という言葉は、仏教の極楽・浄土とほぼ同じ意味で使われています。輪廻というイメージが少なく、古来から日本に伝わる死後の世界を表わすのに適していたので、その後、広く日本全体で使われるようになりました。その使用を促進させた要因のひとつはキリスト教です。

キリスト教の経典である聖書を日本語に翻訳することは容易ではありませんでした。なぜなら、ヘブル語・ギリシャ語の単語と日本語の概念には微妙な違いがあるからです。しかし、拘っていては翻訳は出来ません。小さい違いは無視して、大体のところで翻訳は成り立つのです。これは何も聖書に限ったことではありません。翻訳と言うのはそういうものなのです。

聖書において、「天の国」という単語があります。これを日本語に訳すと「天国」になります。ただし、概念は異なります。聖書の「天国」は、「神の国」と同じ意味です。「神の支配される領域」ということです。どちらかと言うと、この世に実現する理想郷を意味していました。しかし、キリスト教がギリシャに広まる過程で、ギリシャ人の信じる「天国」概念が流入して合体しました。ヨハネ福音書の説く天国はまさにそのような意味での天国になっています。

キリスト教の天国概念は、このような意味での発展があるのですが、その発展したところの「天国」は、日本人がもともと信じている「天国」と極めてよく似ています。今日の日本において、仏教寺院の数は非常に多いのですが、仏教思想は日本にほとんど影響を及ぼしていません。この現実を踏まえないことには日本伝道の方策は立てられません。

日本に来た宣教師たちは、キリスト教を教えるために、まずは仏教批判が必要だと考えました。ところが、これはまったく効果がありませんでした。なぜなら、日本人はもともと仏教を信じていないので、日本人の心を揺さぶらなかったのです。

日本人の心を支配しているのは、仏教ではなく、日本文化であり、日本精神であり、日本の伝統であることを認識しておくことは非常に大切です。そして、日本とキリスト教は最初から似ているのですから、日本文化を批判する必要はありません。日本とキリスト教が近い関係であることを教えてゆけばよいのです。

天国と言う考え方も、日本とキリスト教で一致しています。以前、ある著名な政治家の葬儀が行われました。日本ですから、当然仏式の葬儀でした。その葬儀が終わって、喪主がマスコミの前に出てきてマイクを持って多くの人々を前にして葬儀の報告をしました。「父は天国に行きました。」 この言葉を聞いて、私は驚きました。葬儀は仏式なのですが、やはり日本人なのですね。お寺には所属していますが、心の中はいまだに変わってないのです。

この点、キリスト教はとても有利です。なぜなら、キリスト教も「天国」を教えているからです。

多くの日本人は、自分の生き方と、自分の所属する宗教との間に矛盾を感じています。仏教的な生き方をしていないからです。輪廻思想だけではありません。仏教には、肉食禁止、酒禁止、妻帯禁止などの厳しい教えがたくさんあります。これらの大半はお寺自身が守るのが止めてしまっていますが、仏教の経典にははっきりと書かれています。幸い、お経は聞いても判らない言葉なので問題はありませんが、もし、これを日本語に訳して唱えるようになると、お寺や仏教とはとても困るはずです。

キリスト教の経典である聖書はすでに現代日本語に訳されていて、誰でも読めるようになっています。しかも、新約聖書の内容について異議を唱える日本人はほとんどいません。なぜなら、イエスの教えと日本精神はもともと似ているからなのです。

天国思想然り、その他の教えも似ています。ですから、日本思想を否定するとキリスト教も否定されてしまいます。その点を考慮して、注意深くキリスト教を教えなければなりません。ところが、日本に来た欧米の宣教師たちは、日本とキリスト教の類似点に気がつかず、イエスの教えでなく、欧米の論理と神学を持ち込みました。これでは日本伝道が成功するはずがありません。

天国思想も含めて、その他の日本精神がいかにイエスの教えに近いかを教えることにより、悔い改めてクリスチャンになるのではなく、日本人がよりよい日本人になるためにこそキリスト教を教えるべきなのです。日本文化をひっくり返すのではなく、日本文化を純化することこそ、キリスト教の使命なのです。

天国と言う考え方は日本古来からあります。しかし、キリスト教の教えの中には日本が必要としていて、まだ知らない教えもあります。それが肉体の復活です。この肉体の復活思想は、日本人だけでなく、どの民族も知らない考え方であり、ギリシャ人も躓きました。しかし、この教えがあるがゆえにキリスト教は世界に広まったのです。これはキリスト教にとって必要な教えであるだけでなく、日本人にも必要な思想なのです。また、不思議なことに、現代日本人は肉体の復活思想を受け入れつつある現状になっています。別にキリスト教が教えたわけではありません。日本が経済発展を遂げた今、死後、天国に行くだけでは満足しない精神風土になりつつあるのです。これはきわめて現代的な精神状況あり、キリスト教との接点・類似点がより広範囲に広がりつつあるのが現代です。おそらく、いずれは日本文化もキリスト教を受け入れ、キリスト教の方向へと発展することでしょう。なぜなら、日本は古来からキリスト教と同一方向を向いているのであって、現在、すでにキリスト教と共鳴しつつある状況にあり、将来はキリスト教を受け入れないことには日本が発展しないからです。

死んだ後天国に行くだけでは人間は幸せになれません。この肉体もまた神によって創造されたからには祝福を受けなければなりません。魂だけが天国に行くのでなく、肉体もまた永遠の世界に連なることができるし、また永遠の世界に行く権利があるのです。ゆえに、肉体もまた復活します。

永遠の世界で救われる肉体は、当然、この世でも祝福されます。また、祝福されなければなりません。ゆえに、現代人は、死後の魂の救いだけでなく、この世の肉体の健康を重んじて、健康であり続けるために努力しているのです。

肉体の尊厳性を教える宗教はキリスト教以外にありません。ですから、今後ますますキリスト教が世界的に広まることは必然であり、日本も例外ではありません。日本もまた、キリスト教を受け入れる以外に繁栄の道はありません。神様がそのようにご計画されているのです。

日本が一日も早くイエス・キリストを受け入れた国になるように祈り、また、伝道に励みたいと思います。

                                       以 上

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