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日本文化の中に受肉する神
 日本バプテスト連盟西東京教会牧師   黒瀬 博
ヨハネ福音書1章9〜14節
 「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」。

ヨハネ福音書は聖書の中でもとりわけ重要な文書ですが、今日取り上げるのはロゴスという言葉、および、考え方です。

「ロゴス」とは1章1節に登場する「言」(ことば)という単語のギリシャ語です。ロゴスの意味は「言葉」なので、日本語訳聖書のように「初めに言があった」と訳すことになります。

しかし、このロゴスは日本語の「言葉」よりも広い意味がありまして、これを言葉と訳してしまっては、もともとのギリシャ語のニュアンスが伝わりません。それは翻訳者もわかっているのですが、他に方法が無いので、「言葉」、もしくは、「言」、「ことば」などと訳しているわけです。

翻訳って、難しいですね。言葉の壁というものがあります。言葉の意味は翻訳によってある程度伝えることが出来ますが、その言葉の持つニュアンスまで翻訳することは容易ではありません。特に哲学的・宗教的概念を、壁を越えて別の文化圏の言葉に置き換えることは大変な作業となります。

たとえば、キリストという単語があります。これはユダヤ教の本来の意味は「油塗られた者」。王様や大祭司を意味する単語でした。
        今日わたしはおまえを生んだ
 キリスト公会相模大野教会牧師・とりなし委員長  皆川尚一      詩篇2:1〜7



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