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スメラミコトを中心に
日本古代史を見直す
                                 ヨハネ・皆 川 尚 一
プロローグ
  わたしたちは日本のためにとりなしの祈りをしています。その点は共通の立場でありますが、日本をどう見るかで色々な視点、色々な異なった立場が生まれて来るでしよう。特に天皇(スメラミコト)をどう見るかが、重要な分かれ目となると思われます。  
  大東亜戦争終了の翌年、昭和21年1月元日に昭和天皇の元旦詔書が発表されました。マッカーサー司令部やマスコミはこれを天皇の「人間宣言」であると宣伝しましたが、内容を見るとそうではありません。その核心部分だけを抜き書きしますと、  

  「しかれども、朕(ちん=私)は、なんじら国民と共にあり、常に利害を同じうし、休戚 (きゅうせき=喜び悲しみ)を分かたんとほっす。朕となんじら国民との間の紐帯(むすびつき)は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説とによりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、ひいて世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず」

  となっています。明治の大日本帝国憲法には、「天皇は神聖にして侵すべからず」と規定されているため、天皇を聖書の「天地創造の神」としたかのような誤解が生まれました。しかし、それは、「万世一系の天皇の位は勝手に侵してはならない神聖なものである」という意味です。それは独裁的軍国主義国家を建設するために天皇が勝手に作った憲法ではなく、天皇ご自身もこの憲法に制約される君民共治の立憲君主国を建設するためでした。  

  しかし、日本は明治になってから「天皇制」を採ったのではなく、万世一系と言われる通りに何万年もの昔から天皇を頭とした一大家族国家を形成し、受け継いできた国柄であって、社会主義・共産主義者たちが批判するような人民を搾取した歴史上の様々な帝王たちとは違うのです。それは日本の超古代史の古典である「竹内文書(たけのうちもんじょ)」を読めば分かりますので、手短かに解説したいと思います。

1. 神話と歴史  
  「竹内文書」の原典の成立年代は不明です。現在明らかになっているのは、それが神代(かみよ)文字で記された膨大な文書であったこと。神武天皇から数えて第21代雄略天皇(AD457〜479)が大臣の武内宿祢(たけのうちのすくね)の孫である大臣平群真鳥(へぐりのまとり)に命じて漢字仮名混じり文に書き改めさせたと伝えられています。  
  その後、第25代武烈天皇が政変によって倒される前に、真鳥に勅命を下し、身を隠して命がけで「竹内文書」を護らせました。古事記が編纂されるより200年も前のことです。  

  古事記の冒頭には、「天地初めてひらけし時、高天の原に成れる神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神、この3柱の神は、みな独神と成りまして、身を隠したまひき」と記されています。  しかし、竹内文書には、「上古朝第4代天之御中主天皇、上古朝第10代高御産霊天皇、第11代神皇産霊天皇」と記されているので、初めの3柱の神というのは、それぞれ超古代の日本国の天皇であったことが、分かります。  

  更に、これによって分かることは、古事記の神話は歴史上の事実であつたということです。すなわち神話は歴史であり、また歴史は神話であるとも言えます。  
  ところが世間一般だけでなく、学者までもが、神話・伝説といえば当てにならない作り話、フィクションと考え、歴史といえば事実即何らかの証拠に基いた確実なものと信じるのが通弊となつています。神話は人を神の世界に招きいれ、神と一体化することによって科学的、知性的認識を超えた霊的認識を得させてくれる重要な伝承です。  

  例えば、有名なヘロドトス著「歴史」の中に、スキュタイ人(=聖書ではスクテヤ人)の生成の神話があります。
  《アジア西部にタルギタオスという王がいた。この王の両親はゼウスとポリュステネス河の娘であった。そして、タルギタオスには3人の息子がいた。リポクサイス、アルポクサイス、コラクサイスである。ある日天から四種の神器が落ちてきた。黄金の鋤、くびき、戦斧、杯である。上の二人が近づくと神器は燃え上がって近寄せず、末っ子コラクサイスが近づいても燃え上がらないので彼の所有となった。そこで王権はコラクサイスが受け継いだ。この王統は1000年近く続いた》
  この神話は歴史の中に含まれており、スキュタイの王権が天の神から授与されたものだという証拠になっています。ある人は「万世一系」は日本だけではなく、スキュタイにもあったと主張しますが、それは違うと思います。なぜなら、スキュタイの王統は明記されていませんが、日本の天皇の皇統は年代順に明記されているからです。
  今日、学界で認められている日本国生成の神話は、古事記、日本書紀、日本紀、続日本紀等ですが、わたしは学者たちも、一般庶民も日本の古史・古伝である竹内文書、九鬼(くかみ)文書、宮下文書、上記(うえつふみ)、秀真伝(ほつまつたえ)、東日流(つがる)外三郡誌等の価値を再評価する必要があると考えています。その中で竹内文書は最重要の古史であると言えるでしょう。

2.竹内文書のスメラミコト  
  竹内文書では「天皇」のことを「スメラミコト」と言います。神代文字で「スメラミコト」あるいは「スミラミコト」と書きます。
  * 古代史学者の通説では、《「天皇」の呼称は(神倭朝)第40代天武
    天皇(在位673〜680年)から始まった。それまでは、王とか大王
    とか呼んでいたのを、神話によって飾り立てて「天皇」と呼ぶように
    なったのだ》としており、学校の教科書もそうなっています。  
  これは竹内文書等の古史を偽書扱いして認めず、斎部(いむべの)広成撰「古語拾遺(こごしゅうい)」(807年)の言葉を信じた結果です。それを引用しますと、
  * 「聞く所によれば上古の世に、未だ文字がなかったときに、貴い人
    も賎しい人も、老人も若者も、口から口に伝え合い、前の言葉を受
    け継いで、決して忘れなかった」
  と記されています。つまり文字がなかったときは、いわゆる「口伝(くでん)」で神話・歴史を伝えていたのだというのです。広成の書いていることは、原文を読めば単なる伝聞と推測でしかないのに、これを引用する言語学者は、「確かに聞く、上古の世に未だ文字なし」などと言い換えています。これを、学者や研究者が孫引きして、「漢字渡来以前に、日本には文字がなかったのだ」という学説を作り上げたのです。    

  今日、「世界の文字の図典」(平成7年吉川弘文館)にも日本の神代文字が数種類記載されています。そして竹内文書は神代文字の宝庫であって、スメラミコト自ら宇宙構造図を基にして各種の文字を作り各国の民に与えました。皇祖皇大神宮第66代管長竹内巨麿は神代文字を自由自在に読み解くことが出来たそうです。  
  では、スメラミコトは何者で、何時、何処から来たのか?  
  竹内文書を読むに当って大切な心得は、神々やスメラミコトの名前が非常に長く象徴的であることを理解し、忍耐して読むことです。

3.天神朝7代
*第1代 元無極体主王大御神(もとふみくらいぬしのおおみかみ)
  根源的な天地万物創造の神で、神の内より一切の有るものを産み出した神。 *第2代、*第3代、*第4代と宇宙と太陽・地球・月、その他無数の星々を産みだして秩序を与える神々。
*第5代 天一天柱主大神スメラミコト(天皇)、天一美柱神(皇后) 国万造主大神を生む。 
*第6代 国万造主大神スメラミコト(日本皇室の発祥)、国万造主美大神 天御光太陽貴王日大神を生む。
*第7代 天御光太陽貴王日大神(別名メシヤ)スメラミコト        天日身光ミドの比女大神 天日豊本葦牙気皇主大神を生む。
  ここまでは天の日球(ひだま)の国という天体に住んでいたらしい。
聖書の創世記第1章、2章に似た神話であり、「アダムは神の子」(ルカ3:38)とあるように、 「スメラミコトは神の子即ち現人神」として地球に降臨するのです。

4.上古朝、不合朝、神倭朝
第1代 天日豊本葦牙気皇主スメラミコト、天日豊葦牙気皇美神の娘ミト女神  
  天の日球の国より地球を治める一族を率いて天浮船に乗り日本の飛騨の位山に降臨。 つまり、天地万物の創造主の御子メシヤとして宇宙の中心の日球の国から地球を治めるために宇宙船に乗って降臨されたのがスメラミコトだったのです。
  * 上古朝第1代から第25代まで計393人
  * 鵜草葺不合(うがやふきあえず)朝第1代から第73代まで73人
  * 神倭(かんやまと)朝第1代狭野尊(神武天皇)から第125代明仁
   (今上天皇)まで125人
上古第1代天皇から現代までの年数は約3176億年に及ぶので、これこそ万世一系のスメラミコトと言えるでしょう。

  考古学的証拠の一つは、上古第5代天八下王身光スメラミコトとその皇后は、関東地方の筑波山に葬られたと竹内文書に記録されており、その御陵が巨石文明の産物として筑波山山頂に存在しています。TVのドキュメンタリーでも報道されているのです。竹内文書にはその他の天皇の御陵も日本をはじめ世界の色々な山の頂にあると記録されています。

5.日本は世界の親国  
  スメラミコトが日本に降臨した目的は、日本を親国として地球全体を統治するためです。それは天地創造の神の愛と義とに基いて世界を治め、各国を治めることです。そのためスメラミコトは祭祀を行って神の御言葉を受け、君民共治の政治を行って来ました。  
  これによって超古代文明が宇宙からもたらされました。天の浮き船というUFOに乗って自由自在に宇宙空間を交通することが出来、地球上を巡廻することも出来ました。UFOだけでなく、様々の交通手段をもっていたようです。現代よりも遥かに優れた文明・文化を持ちながら、大自然と調和した生活を営んでいたらしいのです。残念ながら、詳しいことは大東亜戦争の末期に竹内巨麿が不敬罪の疑いで審問を受け、無罪となったにもかかわらず、東京の大審院に保管されていた竹内文書資料が空襲で焼失したために分かりません。  
  しかし、巨麿が克明に書き写したメモや様々な資料やご神宝類があるので、「神代の万国史」に収録されています。

  また、世界天皇は日本を中心に世界を16州に分けて、16人の皇子を民王(みっとそん)として派遣し、天皇の代理として各州を統治させました。これが太陽を象徴する16枚の花弁を持つ「菊のご紋章」の始まりです。各王室は菊のご紋章を掲げて天皇の統治下にあるしるしとしたのです。バビロン、エルサレム、エジプト、その他にもこの紋章が見られます。更に、
  不合第1代天皇が「日の丸」を日本の国旗として制定されたことが明記されています。

6.天変地異の発生   
  しかし、この地球には人々が天皇に叛くときに天変地異が起こり、万国泥の海となり、地殻変動、極移動によって、沢山の人々が死にました。これが、上古朝から不合朝までの間に16回も起こったと記録されています。  
  そのために最初は一つの大陸であったのが、いくつもの大陸や島々に分かれ、隆起、沈没を繰り返して世界地図は大きく変化して来ました。天皇は幾度もUFOで人々を率いて宇宙の日球の国に移住し、また地球にもどることを繰り返し、更に世界を巡幸して文化の再建に努力しています。
  不合朝最後の第73代神武天皇は壊滅状態になった日本を建て直すために世界を巡幸して人材を集めて新たに神倭朝を起こしたのだと竹内文書は伝えています。

7.神倭朝の政変
  神武天皇が日本にもどってきて、改めて神倭朝の天皇として即位して後も反乱は度々起こり、白村江での敗戦により唐・新羅連合軍が日本を占領して新羅の王子が天皇として即位したり(奈良朝)、百済王が新羅系を倒しての百済の王子が天皇として即位した(平安朝)とも言われすが、彼らは日本で新羅王を名乗ったり、百済王を名乗ったりしませんでした。皆、天皇を名乗って政権の座につきました。それは、天皇の皇統を尊び、断絶させることなく受け継ぐためだったのです。なぜなら、日本は自分たちの親国であり、天皇は日本と世界にとって親であることを認識していたからだと思います。

エピローグ(視点の転換)  
  日本人はこれまで、現在の日本列島からアジア大陸を見、世界を見るくせがついています。ざっとまとめれば、
  《四辺海に囲まれたユーラシア大陸東端の孤島が日本であり、そこに発生した原日本人は、旧石器人→新石器人→縄文人→弥生人→古代人→近代人→現代人という順序で進化して来た。だから昔にさかのぼるほど進んだ文明・文化から遠ざかり野蛮であった。そこに朝鮮半島経由でシナ人、インド人、ペルシャ人、その他が来る。また海洋経由でシュメール人、エジプト人、ポリネシア人等の人々が渡来してきて日本列島の住民と混血して日本人と呼ばれるようになった。そして、それら諸外国の文明・文化が日本に流れ込んで来て日本文化が形成された》。 こういうことになるでしょうか。  

  わたしたちは竹内文書を通して、この視点を転換し日本古代史を見直すことが出来ます。  
*第1に、進化論的人類史観から脱却することが出来ます。地球に住んでいた人類は宇宙との関係をもっており、最初から高度の文明・文化をもつて地球上に移住してきたこと。
* 第2に、日本は世界文化の掃き溜めの 国ではなく、世界に向けて発達した文化を広めて行った国であること。従って日本が大災害に出合って壊滅状態になった時には、被害の少なかった世界の諸国から人材や文化を逆輸入して助けられたのです。いや、非常時だけではなく、日本発の縄文文化がユーラシア大陸を横断してイギリスまで到達したことや、アラスカ経由で北米から南米の南端まで到達したことも考古学的裏づけがあります。それゆえ日本は常時世界の諸地域との文化交流があって、共存共栄して来たこが分かります。
*ユダヤ民族はメシアは東方から来るという伝承を先祖以来受け継いでおり、それは日本の天皇であると考えられていたようです。

  これまで述べたような視点から見直してみると、日本をスメラミコトを中
心とした世界の親国として尊ぶことは神意に叶う道であることが分かって
くるでしょう。                                 以 上

【主な参考文献】
* 竹内義宮「神代の万国史」皇祖皇太神宮
* 高坂和導「竹内文書」T、U、V(超古代アメリカを行く)徳間書店
* 竹田日恵「竹内文書」徳間書店
* 「古事記」岩波文庫
* 「日本書紀」T〜W岩波文庫
* 斎部広成「古語拾遺」岩波文庫
* 亀井孝他「日本語の歴史」1,2 平凡社
* 大島正二「漢字伝来」岩波新書
* 藤井輝久「天皇系図の分析について」 今日の話題社
* 笠原英彦「歴代天皇総覧」中公新書
* 直良信夫「人類発達史」校倉書房
* 前田良一「縄文人はるかなる旅の謎」 毎日新聞社
*高橋良典「縄文宇宙文明の謎」誠公印刷

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