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国の存亡の鍵
                   箴言14:34       ヨハネ・皆 川 尚 一
国の存亡の鍵
  「正義は国を高くし、
  罪は民をはずかしめる」 (箴言14:34)。


  これは箴言の中で、数少ない「国家についての教訓」の一つです。
  例によって、言葉の解説から始めますと、「ツェダカー」というヘブライ語を「正義」又は「義」と訳しているのは、口語訳、新改訳、文語訳等であって、「慈善」と訳しているのは新共同訳、対訳です。「慈善」と訳す人々は「高くする」(テロメム)を経済的に富ませると解釈するからです。そういう解釈の立場からは、第二行の「はずかしめる」(ヘセッド)を「貧しくする」と訳すことになります。LXX(ギリシャ語訳)はその立場です。  
  しかし、この聖句は経済的にではなく、信仰的、道徳的に解釈すべきだとわたしは考えますので、この口語訳に従って論述したいと思います。

  さて、この聖句が示す「国の存亡の鍵」というのは、「正義(ツェダカー)」に立つということです。正義といっても色々な立場がありますが、ヘブライ語の意味からすると、「神様に従う義」、「神様に義とされること」と言う意味になります。

イスラエル王国の存亡
  そこで先ず「イスラエル王国の存亡」の歴史を観察して見ましょう。
  イスラエル王国は西暦紀元前1000年頃に初代サウル王によって建てられ、二代目ダビデ王によって発展し、三代目ソロモン王の偶像礼拝の罪によって分裂しました。北イスラエル王国も偶像礼拝の罪によって西暦紀元前721年アッシリヤの攻撃を受けて滅亡しました。そして、南ユダ王国も神様の預言に背いてエジプトと同盟し、バビロニヤと戦おうとした罪によって、西暦紀元前586年バビロニヤの攻撃を受けて滅亡しました。やがて70年経ってバビロン捕囚になっていたユダヤ人約5万人がペルシャ王クロスによって解放されてエルサレムに帰還しました。国を再建することは許されませんでしたが、神殿を中心としたユダヤ教団という宗教組織を持つことが出来ました。その後、ギリシャ時代にシリヤ王アンティオクス・エピファネスの暴圧と神殿冒涜に反抗して、紀元前168年マカベアのユダを王とするユダヤ独立運動が起こり、約100年間ハスモニア王朝が続きましたが、王国は王位をめぐる内乱によって弱体化し、紀元前66年ローマ軍の攻撃によって滅亡し、ローマ時代にはユダヤ教団だけが存続を許されていました。ユダヤ人は預言者を通して約束されたメシアの到来をひたすら待ち望むことになったのです。

ローマ時代のイスラエル
  そのような情況の中に、ユダヤ民族待望のメシアであるイエス・キリスト様がユダ族の末裔として誕生されました。ユダヤ教団はこのイエス・キリスト様をメシアと信じて受け入れることによって、神様から義と認められるはずであったのです。しかし、ユダヤ教団は大祭司、祭司長、律法学者、長老たちに至るまで、こぞってナザレのイエス様をメシアと認めることを拒否するという最大の罪を犯しました。イエス様はその罪に対する神様の裁きの結果ユダヤ教団が滅びて、ユダヤ人が世界中に散らされることを予知して嘆かれました。
  「いよいよ都の近くにきて、それが見えたとき、そのために泣いて言われた、『もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら---しかし、それは今おまえの目に隠されている。いつかは、敵が周囲に塁を築き、おまえを取りかこんで、四方から押し迫り、おまえとその内にいる子らとを地に打ち倒し、城内の一つの石も他の石の上に残して置かない日が来るであろう。それは、おまえが神のおとずれの時を知らないでいたからである』」(ルカ19:41〜44)。
  このイエス様の預言が実現したのは西暦紀元第70年でした。ローマ帝国の軍隊がエルサレムを包囲攻撃してユダヤ人を殺し、ユダヤ教団を世界中に散らしました。そして、ユダヤ人が帰ってきてイスラエル共和国を再建したのは紀元1948年でありました。しかし、イスラエル人はユダヤ教からキリスト教への改宗を法律で禁じていますので、イエス・キリストをメシアとして受け入れることは国として拒否しているのです。

イギリスの存亡  
  イギリスは国家としてキリスト教を受け入れていますが、過去の歴史上多くの重大な罪を犯してきました。アイルランドを併合しケルト文化を根こそぎ破壊し、男を殺し、女子供を西インド諸島に奴隷として売り飛ばしました。又、アフリカに植民地を獲得し、アフリカ人を奴隷としてアメリカ南部に売り渡しました。更にインドを植民地として支配し、莫大な富を収奪し、アヘンを支那に売りつけました。これらの罪がどれだけイギリスの恥となったか、計り知れません。アメリカは約200年前からイギリスの植民地となり、アメリカ独立戦争によってイギリスと決別しましたが、ジョージ・ワシントンを支えて独立を勝ち取ったのはアイルランド人でした。しかし、アメリカ原住民たちは白人たちの圧制によって滅亡の一途を辿っています。そして今のアメリカはベトナム戦争以来、他国に戦争を持ち込むことによって不義の恥を背負う結果になりました。

日本の存亡
  日本国は極東の小さな島国ですが、1万5千年以上昔の遥かな古代から天皇家を中心とした独自の文化による国家を造り上げて来ました。
  戦後の歴史家の多くは日本が他国文化の掃き溜めのように説きますが、それは全く逆であって日本からアジア、ヨーロッパ、アフリカへ、そしてアラスカ、カナダ、北アメリカ、南アメリカの南端まで縄文人の移動により、縄文文化が伝えられて行ったようです。その後は世界的な文化交流が広く行われて来たと思われます。

  日本は明治維新によって先進国からの侵略を防ぐための大変な努力をして先進国の仲間入りを果たしました。共産党はそれを帝国主義だとか、軍国主義だとか批判しますが、日本は他国を侵略して領土を拡張し、植民地から富を収奪したのではありませんでした。朝鮮を併合したのは、すでに朝鮮の李王朝が崩壊の瀬戸際に来ていて、このままでは支那の清王朝に支配されるか、それともロシアに支配されるかしかなかったからです。加耶大学の崔教授は「日韓併合の真実」という著書の中で、日韓併合が韓国を救ったと述べています。
  又、日清戦争の結果、日本は清国から台湾を割譲されました。日本は台湾や韓国を日本の領土として治めるのに、最も進んだ文化設備(いわゆるインフラストラクチャー)を造り、日本の本土では出来なかった良いことをどしどし実行したのです。これらは日本の正義でありました。
  また、大東亜戦争もアジア侵略のためではなく、日本の独立を守り、アジア諸国を白人たちの植民地から解放して独立させるための戦争でした。残念ながら日本は敗戦の憂き目を見ましたが、結果的にアジア諸国は皆植民地から解放されて、独立を果たしました。これも日本の正義であります。
  日本国はイエス・キリストに対してどういう態度をとったでしょうか。古代の日本に秦氏というキリスト者たちが来たときには拒否的ではなかったようです。秦氏は日本国内に広く深くその影響を及ぼして行ったと思われます。それは排他的一神教を主張するキリスト教ではなかったからでしょう。しかし、15世紀にカトリックの宣教師がキリシタンの教えをもたらした時は、排他的一神教でした。キリシタン大名は領内の神社・仏寺を焼きました。また、スペイン、ポルトガルの宣教師は身を守るために砲台を築き、武器を蓄えたりしましたから、秀吉も家康もキリシタン禁制の命令を発して鎖国を行い、キリシタンは沢山殉教しました。

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