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セラフィム(虹の祝福)
                                     ヨハネ・皆 川 尚 一
序 文
  わたしは前号で、「白壁に現われた主の御顔」を見たことを記しました。引用しますと、
  《「すばらしいなあ」と思って息を呑んで見守っているうちに、右手の方から虹色のだんだら模様の美しいカーテンが現われて、芝居の緞帳(どんちょう)みたいに、左の方へと引かれてきて、光の顔を覆い隠し、壁いっぱいになりました。その美くしかったことは言葉にあらわせませんでした》
  この「虹色のだんだら模様」というわたしの表現はちょっと不正確ですから、もう少し正確に表現する必要があると思います。

1.セラフィムの虹のカーテン
  1970年の秋の夜、わたしがバイク事故で右足首を骨折して入院した外科医院の病室の白壁に現われた虹のカーテンは一種の織物のように見えました。それは透明感のある輝いた虹の七色の細い綿を横に延ばして、上から下まで重ね合わせて織り上げたような感じのカーテンでした。それは主の御顔を覆い隠す天界のドラマの一こまであったと言えるでしょう。
  虹といえば、後述するように、一般には大空にかかる弓とか、湾曲した橋の形が普通です。しかし、天使セラフィム集団が描き出す虹 の造形は色々の変わった形をとることが出来ます。いずれにしても聖書では虹が神の祝福と護りを意味するのであります。

  なぜその虹のカーテンが、わたしにとって、神の祝福と護りの象徴であったかと申しますと、わたしはその朝バイクで最近北海道から相模原市の息子夫婦の家に転居してきたCさんという老婦人を訪問したのです。Cさんは浄土真宗の信者で息子夫婦の家で開かれる家庭集会にも出席していましたが、みんなが「アーメン、アーメン」と言う時に、「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」と唱えていました。しかし、それでいて彼女の霊魂は救われているとは思えない様子だったので、わたしはCさんにイエス様のことを知ってもらいたいと思い、その朝は個人的にじっくりとイエス様のご生涯について詳しく話しました。Cさんは長い時間良く耳を傾けて聞いてくれましたので、わたしはその家を出てバイクに乗って帰途につく時、「ああ、これだけ充分にイエス様のことを伝えられたのだから、これで死んでも良い」なんて思いました。それは、事故の予感であったのかも知れません。その家を出て事故に遭わない様に用心して、なるべく裏道を走ってから国道16号線に出たとき、国道は車が渋滞していて少しずつ動く有様でしたから、車列の左側に沿って15キロくらいのスピードで走って行った時、 いきなりわたしの前を横切ったライトバンにバイクが衝突して、わたしは車体ごと横倒しになりました。まるでスローモーション映画を見るように倒れて、自分のヘルメットが車道にコトンとぶつかった時、わたしは「ああ、助かったな」と思いました。わたしの怪我はバイクの下敷きになった右足首の骨折だけで済んだのです。ライトバンの運転手が走ってきて、わたしを外科医院に運んでくれました。  

  その外科医院では、わたしのベッドの両側に入院していた二人の若者が、「皆川さん、何か信じているのですか?」と質問してきて、「はい、イエス・キリスト様を信じています」と答えたら、「何で信じる気になったんですか?」と訊くので「しめた!」と思って、その二人に福音を語ることが出来ました。  
  そのようなわけで、入院中は楽しく過ごし、傷の治りも順調で割りと早く退院できたのです。この事故は偶然ではなく、神様のご計画の中にあって起こったことだと分かりました。その後、Cさんもイエス様を信じてバプテスマを受け、家庭集会の時には「ナムアミダブツ」ではなく、「アーメン、アーメン」と唱えるようになりました。  
  ですから、あのセラフィムの虹のカーテンは神様の祝福と護りの象徴として現われたことがおわかりになるでしょう。

2.雲の中の虹     
  《創世記9:12〜16》には神様の虹の契約が記されています。
  「これは私と、あなた方及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。すなわち、わたしは雲の中に虹をおく。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが雲を地の上に起こすとき、虹は雲の中に現われる。こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。虹が雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思い起こすであろう」。
  聖書の記述によると、その当時の人間たちの性質も生活も悪魔的になって、思うこと、行うこと全て悪いことばかりで、暴虐が地に満ちたと書いてあります。そこで神様は信仰の厚い義人ノアと家族併せて8人だけを箱船に乗せて助け、ほかの人類はことごとく豪雨と洪水と津波に飲み込まれて滅ぼされました。5カ月たって後、雨が止み、少しずつ水が引いて高い山々の峰が見えてきたとき、箱船はアララテ山の上に留まることが出来ました。
  ノアが船から出て祭壇を築き、神様にはん祭を捧げて、感謝と悔い改めと献身の祈りをした時、神様は雨上がりの空に湧く雲の中から大きな虹の掛け橋を起して、二度と再び洪水によって人類を滅ぼすことはしないと約束されました。つまり虹は神の祝福と護りのしるしとなったのです。

3.自然現象としての虹
  自然現象としての虹は、太陽の光が空気中の水滴によって屈折、反射されるとき、水滴がプリズムの役割をするため、光が分解されて複数色の帯に見えるのです。雨上がりの空とか、しぶきを上げる滝とか、太陽を背にしてホースで水撒きした時などに見られます。

【虹の色の数】
  虹の色の数は、日本では現代では七色(赤、橙、黄、緑、青、藍、紫)、古代では五色、沖縄では二色(明暗)です。

【虹の構造】
  また、虹には主虹(しゅこう)と副虹(ふくこう) という二重構造が見られます。主虹の方が大きくハッキリと見え、副虹の方はやや小さく薄く見えます。主虹は赤から始まって紫で終わりますが、副虹は紫から始まって赤で終わります。  
  飛行機の周りの空気が水蒸気を多く含んでいるときには、窓から眼下に360度円環上の虹が見えることがあり、雲海の上に突き出た高山の上からも似たような円環状の虹が見えます。これは、ブロッケン現象によるもので、通常の虹とは異なります。

【神話における虹】
★北欧神話では、虹を天上の神界に通じる橋と見なして、ビフロストと呼びました。
★ブリヤート人は、虹を魂が天に昇る道であると見なしました。
★日本神話では、イザナキのミコトとイザナミのミコトが天の浮き橋と呼ばれる虹の上に下りて来て泥の海を矛でかき回して日本列島を造り固めたとしています。
★ガボン南部には、人類の先祖が虹を通ってきたという伝説があります。
★ギリシャ神話では、虹はイリスという伝令の女神であるとしています。

4.虹蛇の恵み
★オーストラリアのアボリジニの神話では、虹は天と地に住み、大地と人々に水をもたらす神の蛇と見なしています。
★中国の伝説では、虹は龍の一種であると見なし、主虹を雄のにじ「虹」(こう)と呼び、副虹を雌のにじ「げい」と呼びました。
★日本に入ってきた仏教の中に、八大竜王というのが護法の守護神として崇められると同時に、恵みの雨をもたらして農業を栄えさせると信じられていました。
有名な実朝(さねとも)の歌に、
    時によりて過ぐれば民の嘆きなり
    八大竜王雨やめたまえ
というのがあります。  
  前号の「セラフィム(愛の炎の龍蛇)」では、セラフイムが燃える炎として人々を清め、悔い改めに至らせ、いのちを与える働きをすることを述べましたが、ここでは、セラフィムが水によって人々を清め、悔い改めに至らせ、いのちを与える働きをすることが信じられています。

5.船窓に現われた虹
  1976年の春、わたしは当時横浜駅の西口の山の中腹にあったキリスト福音宣教会の事務所を訪問しました。するとそこでロシア語の聖書を秘密のうちにモスクワまで運ぶW兄弟に出遇いました。そして彼と一緒に帰る途中、横浜駅の屋上に上がって、だれもいないところで彼と一緒に祈ることにしました。そして、W兄弟を励ますために、わたしが前述のバイクでの交通事故で入院した病室に現われた主イエス様の輝く御顔と虹のカーテンの話をしました。「W君、イエス様はいつでも、どこでもあなたを見守っていて下さるんですよ。そのしるしに虹を見せて祝福と護りがあることを教えて下さいますよ」と語り、兄弟が聖霊で満たされるように頭に按手して熱心に祈りました。彼はその後、舞鶴港から船でシベリヤのナホトカに向けて出発しましたが、その後の便りはありませんでした。
  その年の夏、わたしは宣教会のH宣教師の招きを受けてモスクワ経由でヨーロッパを巡り、スエーデン、西ドイツ、イギリスを歴訪したのですが、西ドイツのダルムシュタットにあるルター派の修道院マリヤ福音姉妹会で行われた10日間のリトリートで、W兄弟に出会いました。
  彼はわたしとの再会を大層喜んで、素晴らしい経験をしたことを話してくれたのです。
  「皆川先生、ぼくも虹を見たんですよ。それは船がナホトカ港に着いて、ぼくはロシア語の聖書がぎっしり詰まったスーツケースを持って上陸しようとしたのですが、もし禁制の聖書を係官に見つかったらどうしようと思うと、急に恐怖心が湧いてきて体が動かなくなり、乗客たちの一番ビリになってしまいました。『ああ、イエス様!』と心の中で叫んだ時、船室の丸窓に虹の七色の光が見えたのです。それがなんと、一つだけでなく、どの窓にも全部虹が輝いていたのです。わたしは先生から聞いた虹の話を思い出して勇気が湧いて来ました。
  『イエス様が祝福して護ってくれるんだ。よし、行こう!』と決意して、一番最後からスーツケースを持って税関に行きました。観察すると係官が3人いて、一番右の人は厳しく、まん中の人は普通で、一番左の人はゆるやかでした。『主よ、一番左の係官のところに行かせて下さい』と心の中で祈っていたら、人々を振り分ける係官がぼくに『一番左に行け』と言いました。左の係官はスーツケースを開けろとも言わないで、ハンコを押してくれたので、無事だったんです。その後、モスクワでも危ないことがありましたが無事に護られて、地下教会に聖書を届けることが出来、このマリヤ福音姉妹会で働かせてもらっています」という話でした。
  わたしは、W兄弟が見た船窓の虹は光学的現象ではなく、セラフィムの虹ではないかと思うのです。

6.カルメル山で見た円環虹

  1986年3月に全世界から25人の預言者が主の命令によってイスラエル共和国のカルメル山に召集されました。わたしもその中のひとりとして日本国から参加しました。世界のため、各国のための主からの預言は3日目になって、わたしの口を通して「日本にたいする預言」が与えられたのが皮切りで、次々と与えられ始めました。そうした中で昼休みにホテル・ヤーロット・ハ・カーメルの庭で空を見上げていた時、イギリスの預言者クリフォード・ヒルが言いました、「おや、真上に虹が見えるぞ。変わった虹だな、円環で、しかも二重になっている」。イスラエルの預言者ランス・ランバートも言いました、「うん、はっきり見えるな。虹は祝福のしるしだよ」。それは預言者大会に対する神様からの祝福と護りのメッセージだったのです。カルメル山においてのみならず、エルサレムの大会で預言の発表がなされましたが、その時テロリストが会場に忍びこんだらしいとの情報があり、厳重な警戒が行われましたが、全ては無事に護られました。

7.人間存在の祝福
  自然界や気象においてだけではなく、人間存在そのものも虹の祝福を受けています。
  日本超古代史を記した「竹内文書(たけのうちもんじょ)」にも、熊本の「幣立神宮(へいたてじんぐう)」の伝承の中にも、人類は五色人から成っていると記されています。
  黄人――日本・中国・朝鮮・モンゴル
  赤人――アメリカインディアン・ユダヤ・アラビア・エジプト
  青人――北欧・スラブ
  白人――ヨーロッパ
  黒人――アフリカ・インド・オーストラリアのアボりジニ
これらは虹色を成しております。
  更に、人体の中には七つのチャクラというエネルギー・センターがあって、下腹部から頭頂まで赤・橙・黄・緑・青・藍・紫(黄金)の七色の光を発しています。また、人間の体から発する「オーラ」と呼ばれる七色の光が身体全体を包んでいるのです。

8.天界における虹
  自然界は霊界の反映された世界ですから、霊界、特に天界には虹が見られるのは当然の現象です。
《ヨハネの黙示録》では、以下の2ヵ所。
「その座にいます方は、碧玉や赤めのうのように見え、また、御座のまわりには、緑玉のように見える虹が現われていた」(4:3)。
「わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、虹をいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった」(10:1)。   
  これらの虹は霊的な虹ですから、セラフィム集団が作り出す虹ではないかと思います。  
  セラフィム集団の作り出す虹の掛け橋は、この世から天界に通じる道であって、人も動物もそれを通るといわれています。

結 語
  以上申し述べた自然界や天界における虹 の存在は、どれもみな天地創造の神様の祝 福と護りがあることを告げています。たとい 自然の災害や人間の罪悪によって呪われ た世界に見えることがあっても、そうではない のです。わたしたちは神様の愛と救いと平和 が必ずもたらされることを信じて、希望の虹を 仰ぎ見て生きて行こうではありませんか。
                                       アーメン

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