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セラフィム(愛の炎の龍蛇)
                                     ヨハネ・皆 川 尚 一
序 文
  わたしは永いあいだ、聖書の中に出てくる龍と蛇は悪魔の象徴であり、善い龍と蛇は存在しないと考えて来ました。《創世記第3章1節》には、「ヤーウェ神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった」と書いてあります。また、《ヨハネ黙示録12:7〜9》には「さて、天では戦いが起った。ミカエルと御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使たちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落とされ、その使たちも、もろともに投げ落とされた」と記されています。聖書によれば、龍とへびは同類です。そして、いずれも悪魔、サタン、ルシフェルと呼ばれるのです。
  しかし、研究を進めた結果、ルシフェルは元来セラフィム(熾天使)のひとりだったことが分かりました。また、ミカエルもセラフィムのひとりだったと言われます。そして、このセラフィムが愛の炎の龍蛇として造られた天使たちであったことが分かりました。

1.セラフィム(愛の炎の龍蛇)
  前号で述べたように、セラフィム(熾天使)は、神のお側に仕える天使で、いと高き御方への灼熱の愛によって燃えています。ヘブライ語では「至高者」を意味する「セル」と、「癒す者」を意味する「ラファ」が合わさって「セラフィム」という名称が生まれたということで、「ラファエル」と同様に病の癒しの天使でもあります。

  また、蛇の脱皮のイメージから、炎のフェニックス(不死鳥)のように、脱皮して若い姿で現われる能力でもって、若返りの象徴ともされています。
  一般には、セラフィムは「獅子のように吠える赤く輝く電光の空飛ぶ蛇」として知られています。


★わたしは1965年のある夜、10時ころに、家の前に広がる畑の向こうにある林の上を、北から南へと飛ぶ不思議な飛行物体を見ました。先端は灼熱した球のように赤くオレンジ色に輝いて激しく燃えており、その後方に30メートルほどの長く幅広い燃える炎の帯を引いて、音も無く、ダイナミックに飛び去ったのです。まさに「空飛ぶ龍」のような感じでした。その1年後に、主イエス様がわたしに現れて聖霊のバプテスマを授けて下さったのです。だから、もしかしたらあの時のセラフィムは私に対する聖霊の火の予告だったのかも知れません。

2.炎に包まれた赤ちゃん
  セラフィムが恐ろしい龍の顔をしているとは限りません。反ってあどけない赤ちゃんの顔をして愛の炎に包まれている絵がルネサンスの画家たちによって描かれています。セラフィムもケルビム(智天使)も神様の玉座の周りを光りの尾を引きながら飛び翔けりつつ、讃美の歌を歌い、もろもろの楽器を奏でて一大交響曲を奏でています。彼らは神様の玉座を光りと炎と雲となって包んでいます。そこで、主が臨在されるところには、不思議な天からの炎が燃えるのです。

3.廻る炎の剣
  《創世記3:24》「神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと回る炎の剣とを置いて、命の木の道を守らせられた」とあります。   
  この「回る炎の剣」は、セラフィムだと思われます。なぜなら、セラフィム(愛)とケルビム(智)とはペアーで働く場合が多いからです。神の戒めに背いた人間が悔い改めもなく、みだりにエデンの命の木に近づくのを妨げるためです。

4.燃える柴
  《出エジプト記3:1〜2》「モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブに来た。ときに主の使は、柴の炎のうちに彼に現われた。彼が見ると、柴は火に燃えているのに、その柴はなくならなかった。モーセは言った、『行ってこの大きな見ものを見、なぜ柴が燃えてしまわないかを知ろう』。
  ヤーウェは彼がきて見定めようとするのを見、神は柴の中から彼を呼んで、『モーセよ、モーセよ』と言われた。彼は『ここにいます』と言った。神は言われた、『ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである』。また言われた、『わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した」。

  この柴を燃やしていた霊の火はセラフィム集団です。セラフィム集団の霊火に包まれている柴の中にヤーウェは臨在しておいでになりました。そこでその場所は聖なる神の臨在の場として聖別されていたことがわかります。

5.燃える教会堂
  1965年9月26日の夜、インドネシア共和国ティモール島の長老教会では、200名ほどの男女が集まって祈祷会を開いていました。 一同が熱心に祈っていると、突然、竜巻が起ったような激しい風の音が鳴り響きました。今までひとりずつ祈っていたのが、同時に一斉にみんなが祈り出しました。こんなことは初めてだったので、牧師もオロオロしていました。 その時、教会堂の前の大通りを隔てた向かい側の警察署の火災警報器がけたたましく鳴り出しました。警察署の警官たちが教会が燃えているのを見て火災ベルを鳴らしたのです。 しかし、消防車が無かったので、村人たちはバケツや何かの器具を持ってきて水を掛けようとしました。ところが、村人たちは炎の燃えるのを見たのに、建物は全く燃えていなかったのです。火事ではなく、彼らが見たのは神の炎、セラフィムの炎でありました。このことが動機となって多くの人々がイエス・キリストを救い主として信じ、聖霊のバプテスマを受けました。

6.夜空を飛ぶ火炎
  インド北東部のナガランドは古来由緒あるナガ族の住む国です。戦前からバプテスト派のキリスト教が普及していましたが、戦後は信仰も道徳も低下していました。しかし、1952年に悔い改めのリバイバルが始まりました。そして、1957年には異言を伴うペンテコステ的大リバイバルが起り、罪の悔い改めはもちろん、異言・預言・異言の解き明かし・癒しの奇跡・悪霊の追い出し・その他の聖霊の賜物が、聖霊のバプテスマを受けた人々に豊かに与えられ、ナガランド全体に広がって行きました。既成のパプテスト教会はこれを受け入れず、締め出されたクリスチャンたちはナガランド・リバイバル教会を建設し、神学校を開設し1万人以上の卒業生をナガランドだけでなく、全インドに派遣しました。既成のバプテスト派はリバイバル派を迫害し、彼らの建てた教会堂を焼き討ちしたりしましたが、聖霊の働きを阻止することは出来ませんでした。

  こうした流れの中で、著しい聖霊の「しるしと不思議」が、様々のかたちで現われました。
  ティモール島の教会に起ったと同じく、天からの一団の火炎が、ある教会堂の上に落ちてリバイバルを起こしました。
  また、ある夜ポルバミ村でナガ人のクリスチャンたちがキャンプファイアーを焚いていた時、突然、夜空に一団の火の塊りが現われて東のほうに飛んで行くのが見えました。人々がこの火炎を追いかけて行きますと、途中のメルリイ村の人々も一団の火炎が天から落ちてくるのを見たと言いました。彼らが「それはビルマ国境のレフリ村の方に行った」というので、追跡する人々はレフリ村目指して急ぎました。
  見れば、神のリバイバルの火はその村を包んで燃え上がらせていたのです。リバイバルのリーダーはだれもその村を訪れていなかったのですが、聖霊ご自身がその村にリバイバルを開始されたのでした。

7.雲の柱・火の柱  
  次に聖書にもどりまして 、モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエル人の大部隊は、雲の柱、火の柱に導かれました。《出エジプト記13:21〜22》を見て下さい。
  「主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照らし、昼も夜も彼らを進み行かせられた。昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前を離れなかった」。
  この時、彼らを護ったのはイスラエル民族の守護天使ミカエルでしたが、雲の柱・火の柱はセラフィム(熾天使)集団であったと考えられます。雲も火も神の玉座を囲む天使集団ですから、ただ行く道を先導するだけでなく、イスラエルの全会衆の上を覆って、昼は砂漠の炎熱から彼らを護り、夜は砂漠の寒冷から彼らを護ってくれたのです。

8.火の戦車・火の馬
  次に、エリヤを乗せた火の馬と火の戦車のことを見て下さい。《T列王紀2:11〜12》
  「彼らが進みながら語っていた時、火の車と火の馬があらわれて、ふたりを隔てた。そしてエリヤはつむじ風に乗って天にのぼった。エリシャはこれを見て『わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ』と叫んだが、再び彼を見なかった」。
  この火の戦車と馬とは、セラフィムの出現であって、竜巻のような烈風で巻き上げるようにして預言者エリヤを火の戦車に乗せて天に運んだわけです。

  次に預言者エリシャを護ったのも火の馬と火の戦車でした。《U列王紀6:15〜17》を見て下さい。
  「神の人の召使が朝早く起きて出て見ると、(スリヤの)軍勢が馬と戦車とをもって町を囲んでいたので、その若者はエリシャに言った、『ああ、わが主よ、わたしたちはどうしましょうか』。エリシャは言った、『恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから』。そしてエリシャが祈って、『主よ、どうぞ彼の目を開いて見させて下さい』と言うと、主がその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあった」。

  このようにセラフィム軍団は天使ミカエルと共に、ミカエルの指揮下にあってイスラエルを護っていたのです。

9.白壁に現われた顔
  次に、わたしが見た不思議な顔の経験をお話ししましょう。
  それは1970年秋のことです。わたしはバイクで国道を走っていたとき、ライトバンとの接触事故で右足を骨折して外科医院に運ばれました。病室は3人部屋で両側に若者がおり、夜の10時になると白いカーテンで両隣りとの間が仕切られて静かになります。病室のライトも消されて、白い天井の一隅にある小さな常夜灯だけになります。
  入院した日に、小学5年生の次男望が聖句を届けてくれました。
それは《詩篇44篇3節》
  「彼らは自分のつるぎによって国を得たのでなく、
  また自分の腕によって勝利を得たのでもありません。   
  ただあなたの右の手、あなたの腕、   
  あなたのみ顔の光りによるのでした。   
  あなたが彼らを恵まれたからです」

でした。  
  その翌日の夜10時30分頃、わたしはその聖句を思い浮かべながら目の前の白壁を眺めていました。  
  するとその白壁に人の顔が現われたのです。面長で目鼻口耳の区別がつかないノッペラボーの顔でしたが、不思議な光りに包まれていました。その顔から発する光りは池に石を投げて生ずる波紋のようにあらゆる方角に向かって無限に広がって行くのです。  
  「すばらしいなあ」と思って息を呑んで見守っているうちに、右手の方から虹色のだんだら模様の美しいカーテンが現われて、芝居の緞帳(どんちょう)みたいに、左の方へと引かれてきて、光の顔を覆い隠し、壁いっぱいになりました。その美しかったことは言葉に表せませんでした。全てが終った時、わたしはあの聖句を思い出しました。主イエス様は「み顔の光り」を見せて下さったのです。  
  今回わたしは「あれは顔だけの天使と呼ばれるセラフィムだったのかな」と考えて見ましたが、そうではなくやはり主の御顔だと確信しました。インドの聖者サンダーシングが天界で見た主の栄光の無限の広がりと同じ栄光をわたしも見せられたのだと思います。それはセラフィムの光りとは異なるものです。

結 語  
  わたしは日本の神社仏閣に掲げられている龍の絵や彫り物を見るたびに、悪魔・サタンの象徴として見て、「いやだなあ」と感じていました。しかし、2004年秦河勝を祀った大避(おおさけ)神社でもそれを見ましたし、丹後の籠(この)神社でもそれを見ました。そして、海部宮司から「龍にも善い龍と悪い龍があります。善い龍は雨を降らせ、五穀を稔らせ、霊験あらたかなので籠神社でも祀っています」と聞かされて、シュメールを研究することを勧められました。  
  そこでシュメール文明(BC4000〜2000年)の神話を研究した結果、シュメールはスメル(SUMER)の英語読みで、スメルが正しいこと。スメル人の先祖は火を噴くロケットによって天界から地球上に飛来した巨大な蛇の化身ラームウ(男神)とラハムウ(女神)であり、スメルの地はキエンギル(監視者たちの地)と呼ばれました。旧約外典エノク書によれば「監視者(ネピリム))とは、神に離反した天使たちで、後にベリアルと呼ばれる悪魔です。このスメル人がその後陸路を通って中国大陸に龍蛇神を拝する殷文明をもたらし、海路を経て日本に龍蛇神を拝する文化をもたらしたと思われます。  
  しかし、スメル人の文化とは別に、天地創造の神を拝する聖書の信仰はヘブライ人や超古代からの日本人の中に受け継がれているのであります。今回、わたしは天地創造の神様によって創られた善い龍蛇としてのセラフィム、ケルビムがあることを突き止めることが出来ました。日本では、この善い龍蛇と、スメル人から渡来した悪い龍蛇とが神社・仏閣の中に祀られて、天地創造の神への信仰と混在していると考えられます。
 
  主イエス様が出現されるときのお姿は、時と場合に応じて変わります。優しい人の顔、ノッペラボーの顔、口から両刃の剣が突き出た太陽のように輝く顔(黙示録1:16)、十字架に架かった姿等です。セラフィムも色々な形で現われます。燃える炎、炎に包まれた顔、空飛ぶ燃える龍、光りの翼をもって飛び翔ける赤ちゃん、火の馬・火の戦車等です。出来れば、あの龍や蛇のおぞましい姿で現われてほしくないものですね。

参考文献
 * 「天使の世界」マルコム・ゴドウィン著 大瀧啓裕訳 青土社刊
 * 「天使の博物誌」デイヴィッド・コノリー著 三交社刊
 * 「天使のひきだし」視覚デザイン研究所刊
 * 「天使と悪魔」真野隆也著 株式会社カンゼン刊
 * 「世界の岩戸開きと元伊勢籠神社竜神伝承」海部光彦著
 * 「竹内文書『神代の万国史』」竹内義宮編
 * 「『日本書紀』暗号解読」(消された古代文明)
    竹田日恵・文学考古会著
 * 「消えたシュメール王朝と古代日本の謎」岩田明著
 * 「古代史に秘められたDNA暗号」桂樹 祐著
 * 「大いなる秘密爬虫類人(レプテリアン)」(上)デービッド・アイク著
 * 聖書は日本聖書協会発行の口語訳聖書を用いています。

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