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とりなしの祈りと天使の働き
                             
ヨハネ 皆 川 尚 一
天使ミカエルの出現
  わたしが初めて天使ミカエルに出会ったのは、1982年8月27日夕刻アメリカのロサンゼルス空港の外でした。それは米東海岸のヴァージニア州のシェナンドア・マウンティンで開催される国際とりなし協議会に出席するための渡米旅行でした。初めての渡米旅行は添乗員も同行者もなく、単独でしたから、戸惑うことが多かったのです。  
  ロサンゼルス空港を出て、宿泊予定のハシェンダ・ホテル行きバスの停留所を捜したのですが見当たりません。がらんとして人影がほとんど見えない構内でしたから、途方にくれて、前方のバスレーンの向こうに横たわっている市電のプラットホームに似たところに沢山の人々が並んでいるので、大型スーツケースを転がしながら、そこに行って乗りました。ところが大河のように幾レーンもの車の流れがワアーッと流れていて、その流れに圧倒されて何もかも分からなくなりました。  
  ふと、プラットホームの向こうの端を見ると、グレーの三つ揃いの背広をバリッと着こなした30代のエリート商社マンらしき日本人が、人々をかきわけながらこちらに急いで来ます。東京から来た大会社の社長でも迎えに来たのだろうと思って見ていると、彼は真っ直ぐわたしの顔を見つめて、ニコニコしながら、たち まちわたしの前に立ちました。  
  「先生、よくいらっしゃいました。お待ちしてました。ハシェンダ・ホテル行きのバス停はこちらです。さあ、どうぞ!」と明るい、歯切れの良い日本語でしゃぺりながら、わたしのスーツケースの取っ手を持って、バスレーンを越えて空港構内にもどり、ハシェンダ・ホテル行きのバス停まで案内してくれました。「先生、ここです」と言って、わたしにスーツケースを渡したとき、「あー、丁度バスが来ました」と言うので、見るとバスが入って来ます。「有難う!」と言って振り向いたら、彼の姿はパッと消えていました。  
  「今の人はいったい誰だろう? 何で、先生なんて呼ぶのだろう? 何で、わたしがハシェンダ・ホテルに行く事を知っていたんだろう? 待っていたと言ったけれども頼んだ覚えはないのだが」と、バスに乗ってから立て続けに疑問が湧きましたが、全く分かりませんでした。

ミカエルの二度目の出現
  それから数年後、相模大野教会では日曜日午後5時15分から、フェローシップという名の第3礼拝を行っていました。わたしは午後の委員会を終えて疲れたので昼寝をしていました。すると、夢の中に、あのグレーの三つ揃いの背広を着たバリッとした中年の商社マンが現れて言いました、
「先生、時間です。起きてください!」
「オオッ!」
と叫んでわたしは跳び起きました。それで、時計を見たら午後5時でした。「あれは、天使だったんだ」と、初めてわたしは悟りました。  

  その後、ある兄弟から久し振りに電話が掛かって来ました。
「先生、ぼくは色々な時に、天使に助けられていますよ。路が分からなくなったときとか、失くし物をしたときとかです。」
「ほおー、もしかしたら、それはグレーの三ッ揃いの背広を着た天使じゃないの?」
「ええ、そうですけど。えっ、先生どうしてそれを知ってるんですか?あれは、天使ミカエルですよ。先生も彼に助けられているんですか?」
「そうなんです。しかし、あれがミカエルとは知りませんでした。だって、ミカエルは戦いの天使でしょう。鎧を着て、手に剣を持って、大きな翼が生えている絵を見ていましたから、ミカエルがグレーの三つ揃いの背広を着たエリート商社マンの姿で現れるなんて、考えても見なかった。わたしは昔、ある人から先生の守護天使はミカエルですと言われたのです」
「そうですか。嬉しいですね。ぼくの守護天使もミカエルなんです。でも、彼は背広姿ばかりではなく、時に応じて色々な別の姿で現われますよ。白い衣をまとった輝かしい姿とかですね」

ミカエルの三度目の出現
  天使ミカエルの三度目の出現は2001年2月の上智大学集会室で開かれたヴァッスーラの集いでした。その日は3.40名の出席者があり、ヴァッスーラさんは来日していませんでした。その集いの中で、わたしから祝福の祈りや預言、癒し等を受けたいと願う人々が一列になって並んでいた時、T.M.さんが大きな声で叫びました、「皆さん、今、皆川先生の上の方に天使ミカエルが現れました。手に剣と旗とを持って輝いたお姿で立っています」と。その日の集会は神様の恵み豊かな素晴らしいものでした。    

  以上の3回の出現の中で、最初の経験はわたしの初めて単独渡米旅行を心配して、とりなしの祈りをしてくれていた家族や教会の人々の祈りに応えてミカエルが働いてくれたのだと、ハッキリ言えると思います。

羽根を取ってくれた天使
  わたしのほかにも天使の出現に出会った人たちがいます。例えば、1972年の正月のことです。教会学校高学年の女の子たちが5,6人、わたしのところに飛び込んで来て言いました、 「先生、先生、今わたしたち天使に会ったのよ。みんなで羽根つきしていたら、ポーンと上がった羽根がうちの屋根の樋のところに上がってとれなくなったの。なんとかして取れないかと色々やってみたけどだめで、困ったねえーと言っていたら、物凄く背の高いお兄ちゃんがやって来て、取ってくれたの。みんなで『ありがとう!』と言って振り返ったら、お兄ちゃんはパッと消えていたの。あれは天使に違いないわ」と、興奮して口々に言いました。

美しい天使の手  
  あれは今から55年ほど前の出来事です。親友のS牧師が渡米して東海岸の諸教会を廻ってくるというので、わたしは横浜港で彼の乗る貨物船の客室に行って門出を祝うお祈りをしました。その時、いつも暗誦している文語の詩篇第23篇を朗読しました。
  エホバはわが牧者なり、
  われ乏しきことあらじ。
  エホバは我を緑の野に臥させ、
  いこいの水際に伴ひ給ふ。
  エホバはわが霊魂をいかし、
  聖名のゆえをもて、
  我を義しき路に導き給ふ。
  S牧師は勇躍してアメリカに出発したのですが、その時彼の財布の中には帰りの旅費がありませんでした。そのことは彼の奥様しか知りませんでした。あとは全てイエス様が満たして下さると彼は信じて出帆したのです。  
  ロサンゼルスからオークランドに行き、知り合いの宣教師の世話で東海岸の諸教会を廻って、またオークランドに帰ってきた時には、財布の中に1ドルしかありませんでした。その宣教師はS牧師を泊めてくれて、「自分たちは一週間の家族旅行をしてくるから、冷蔵庫の中の食べ物を食べていて下さい」と言って出かけてしまいました。ところが留守中にひとりの乞食が来てお金をせびるので、S牧師は残った1ドルをその乞食に施してしまいました。「その時、ぼくの前にイエス様が現れたよ」と彼はあとでわたしに語りました。  
  一方、日本では留守を守るS牧師の奥様が、無銭旅行に行ってしまって音信不通の夫の身の上を心配して、「主よ、どうか夫をお守り下さい」と昼も夜もとりなしの祈りをしていました。そんなある夜、布団を敷いていた彼女の目の前に美しい手が現れたのです。「天使の助けの手だ!」と彼女は確信して感謝のお祈りをささげました。

  ほんとうにそうだったのです。旅行から帰ってきたその
宣教師は、ロサンゼルスで開催された西海岸の日本人諸
教会主催の婦人大会にS牧師を連れて行って、そこで日
本における彼の開拓伝道の証しをさせてくれました。する
と、会衆の中からS牧師の教会員の親族が出て来て、彼
を自宅に迎えてくれました。そして、大いに歓迎し、帰りに
はハワイで観光旅行をして帰るに十分な旅費を献げてくれ
たそうです。「エホバはわが牧者なり、われ乏しきことあら
じ」。                           アーメン


ジーパンと野球帽の天使
  また、こんなこともありました。8年ほど前に、あるカトリックのシスター(修道女)がわたしを訪ねて来られました。あらかじめわたしが送っておいた相模大野駅から教会までの案内図を持って来られたのですが、どの方向に歩いたら良いのか、全くわからなかったそうです。
  わたしは約束の時刻になってもシスターが現れないので、心配して教会の近くの十字路まで行って見ました。すると向こう側の道を駅のほうから歩いてくる二人連れが見えました。一人はシスターで、今一人はおそろしく背の高い外人で、ジーパンとカラーシャツを着て野球帽をかぶった30代くらいの男性でした。二人は楽しげに語り合いながら十字路まで来て、わたしが右手を上げたのでシスターだけがこちらに渡って来ました。その外人の姿はそこで消えたのです。彼女はわたしの側に来て挨拶すると言いました、「先生、あの人は天使だと思いますよ。駅前でわたしが困って案内図を見ていたら、向こうから声を掛けてきて、こっちですよと言ってどんどん歩き出したので、わたしはついてきたのです。あれは天使に違いありません」。「そうですね、あそこで見えなくなりましたよ。素晴らしい出会いでしたね」とわたしは答えました。

ミカエルの悪霊追放
  ある兄弟がベッドで寝ていると、悪霊たちが襲いかかって来ました。それは背の高さ20センチくらいの、毛むくじゃらの獰猛な顔をした悪霊たちでした。彼らは兄弟の両手、両脚にいっぱいしがみついて恐ろしい力で押さえつけ、胸から喉にかけて圧し掛かってきて胸と喉を締め付けるので死にそうになりました。
  「ああ、もうだめだ!」と思ったとき、彼は苦しい息でやっと「ミカエル」と言いました。 すると、即座に白衣の天使ミカエルが出現して、「###」と鋭く叫んで、右手をサッと振って右の方を指差しました。とたんに悪霊たちは力が抜けて、ブルブル震えて「wwwww」と叫びながら全部右の方へ逃げ去りました。  
  このように天使ミカエルは悪霊との戦いに勝利を与えてくれます。

天使とは何か
  新約聖書には、「御使たちはすべて仕える霊であって、救いを受け継ぐべき人々に奉仕するため、つかわされたものではないか」(ヘブル1:14)と記されています。天地創造の第一日目に神が「光あり」と宣言した時に、人間たちと天使たちの霊魂が神から生まれたのです。人間の霊魂は肉体と共に造られたのではなく、天地の造られる前から天界において誕生しました。それは、《新約聖書・エペソ1:3〜5》に「神は天地創造の前から、天上で、キリストにあって、霊的存在者たちのもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、御前に清く傷のない者となるようにと、キリストにあってわたしたちを選び、わたしたちにイエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、あらかじめ愛のうちに定めたのである」とある通りです。

  このとき、人に仕え、人を祝福する天使たちの霊もまた神から生まれたのだと考えられます。なぜなら天使たちも聖書の中では昔から神の子と呼ばれており、神と見間違えられるほど神聖な光に包まれた尊い霊的存在者たちであるからです(士師記13:20〜22、黙示録19:10)。天使たちは神から生まれたゆえに神の子と呼ばれます。それゆえ天使にも人と同じく神性が備わっていますが、神として拝んではならないのです。
  人と天使との違いは、人がキリストを長子とする神の子たちの家族を形成することと、人が天から下って、肉体を持って地上に生活し、また天に帰ってくる存在であるのに対して、天使は原則として受肉せず、霊において神と人とに仕える存在であるという違いでしょう。原則としてと言ったのは、天使たちが時々人の姿で地上の生活の中に現れるからです。それは丁度、甦られたイエス様が新しい霊の体で40日の間たびたび現れたのに似ています。

天使の種類
  天使の階級は、聖トマス・アクィナスによれば、大きく分けて3級9隊あるとされていますが、紙面が限られているので、ここでは詳しくは述べられません。ある説では3億人の天使がいる、そのうち堕落天使は三分の一の1億人であると。でも本当はもっと沢山いるのです。
  その優れた天使たちの中で、私たちに一番関係の深い大天使たちの名前と働きについて、記したいと思います。(カッコ)の中は天使の名の意味です。
1. ガブリエル(神の強い者)お告げの天使、神のお告げを持ち運ぶ。
   (ダニエル8:16,9:21,ルカ1:11〜19,26)。神の御心を教えて
   下さいと祈るときには、彼の名を呼ぶと良い。
2. ミカエル(神のごとき者)天使軍団の総司令官で、ルシフェルはじめ
   神に背く堕落天使たちを天界から地獄に追い落とした(ダニエル12:
   1,ユダ9節)。悪魔・悪霊と戦うときには、ミカエルの名を呼ぶと良
   い。そのほか、大きな事業を成し遂げるのを助けてくれる。困った時
   は何でも頼める。
3. ラファエル(神の良薬)病気を癒す天使。(外典トビア書)
4. ウリエル(神の炎)エデンの園を守る天使(創世記3:24)。金運を司
   る。細かい技術的なアイディアや仕事の助けになってくれる。

あなたの天使を使いなさい
  わたしたちはイエス様に何でもお祈りして来ましたが、主イエス様の下には無数の天使たちがいて、色々な仕事を分担しています、それぞれの天使の役割がみな違っているのです。
  だから、アメリカのケネス・E・ヘーゲンの前に現れたイエス様は「もっとあなたの天使を使いなさい」と言われたそうです。天使の名を呼んで助けを求めるのは偶像礼拝ではありません。とりなしの祈りのパートナーとして、気軽に天使の協力を求めつつ働いて行こうではありませんか。
                                    以 上
【参考資料】 「天使の世界」マルコム・ゴドウィン著
         大瀧啓裕訳 青土社刊 1994年

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