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日本の天皇と国体
                             
ヨハネ 皆 川 尚 一
もう天皇は要らない
  昭和20(1945)年8月15日、大東亜戦争終戦の日を迎えた時、わたしの心に浮かんだのは、もう「天皇は要らない」という思いでした。それはある種の複雑なジレンマを秘めた思いであったと言えるでしょう。なぜなら、わたしは大正14(1925)年生まれで戦前の教育をうけましたから、日本の建国神話に親しみ、天皇陛下に対する尊崇の念を抱き、大日本帝国の臣民である事に誇りを持ち、日の丸・君が代を愛し、
 「海行かば 水漬く屍、山行かば 草むす屍、
  大君の辺にこそ死なめ かえりみはせじ」
という歌を口ずさむと、ジーンと胸が熱くなる人間でした。  
  しかし、その反面15歳で洗礼を受けてクリスチャンになってから、「天地創造の神のほかに何者をも神としてはならない」とか、「殺すなかれ」、「なんじの敵を愛せよ」という神の御言葉を大切にしたいと思っていたので、日本が大東亜戦争に突入した時には、悩みました。「日本国民である以上、天皇の命に従って日本国家を守り、東亜の諸民族を白人支配から解放し、大東亜共栄圏を確立する戦いに参加するのは当然である」という考えと、「クリスチャンとして神の御言葉に従うのは当然である」という考えとが葛藤したのです。その結果、なるべく戦闘に参加しないで済む道をとることと、もし召集されたならば敵に向けて銃を撃たないことを考えました。それで徴兵延期制度を適用された日本獣医畜産専門学校に入り、戦争に行かずに終戦を迎えました。    

  そして、昭和20年8月15日に終戦の詔勅を聞いた時、「これで戦争に行かなくて済む」と、ホッとしたのです。もう、「天皇とキリストとどちらが偉いか?」という踏み絵を踏まされないで良いんだと思いました。その質問に対してわたしはいつも「もちろんキリストです。キリストは神であり、天皇は人間であるからです」と答えたのですが、命がけだったのです。だから、「もう天皇は要らない。天皇の命令で赤紙一枚の召集令状によって戦争に駆り出されるのはご免だ」と思ったのです。

社会主義思想への傾斜  
  それからの日本は東京国際軍事裁判で侵略国として断罪され、平和憲法及び教育基本法が制定され、民主主義国家として発足することになりました。天皇制・家族制度を否定して、基本的人権を尊重し、個人の自由を主張することで、これまで認められなかったデモ行進によって反政府運動を行うようになりました。占領軍司令部の政策は左翼的な社会改革を日本に持ち込んで、天皇を中心とした日本国家を解体することにありましたから、これまで圧迫されていた左翼学者・教育者・政治家・思想家たちは水を得た魚のように勢い良く活動を開始しました。  
  そうした風潮の中で、わたしも社会主義思想へと傾斜するようになったのです。人民を搾取する王制を廃止し、ブルジョア階級を倒してプロレタリア独裁を実現すれば、自由・平等・博愛の社会が生まれるというのは何となく納得のいく思想で、クリスチャンが受け入れられるものだと思えたのです。しかし、共産主義は過激でついて行けないが、社会主義ならついて行けると本気で思いました。戦後の日本のキリスト教界の牧師たちは大多数がそうだったと思います。リベラルから福音派までその傾向はどんどん広がって行き、今ではキリスト新聞、クリスチャン新聞も天皇制・神道・靖国神社は偶像礼拝、平和憲法を守れ、再軍備反対、というスローガンを掲げ続けています。  
  わたしもそのように信じて、戦後は相模キリスト者平和の会を立ち上げ、神奈川県社会活動協議会を立ち上げ、平和憲法を守ることは世界の諸国民に平和をもたらす道を示す崇高な使命であると講演をして歩きました。

軌道修正の必要を知る  
  しかし、1966年11月12日に独り秘かに祈り求めていた聖霊のバプテスマを強烈に体験してから、神様はわたしの生き方に軌道修正を加えられたのです。社会運動をキリスト信仰の証しと信じて熱心に活動すればするほど、自分自身の霊性は枯渇し、教会の集まりも枯渇しました。しかし、聖霊のご意思は人々の霊魂を救い、神の子として生まれ変わらせることにありました。聖霊に駆り立てられて、喜びと感謝と讃美に満たされて伝道すると人々はとんどん救われて自分も教会も水を得た魚のようにイキイキと神様の愛の中で発展して行くのです。  
  1976年にヨーロッパでの聖霊の働きを視察するため、林 実宣教師に招かれて、ソビエト連邦の首都モスクワ→スエーデン→デンマーク→西ドイツ→イギリスの各国を歴訪しました。この時、西ドイツのダルムシュタットにあるマリア福音姉妹会で10日間の国際的リトリートに参加して、共産主義・社会主義の恐ろしさを初めて認識させられました。共産主義も社会主義も同じもので、コミンテルンの最終目標は2017年に共産主義の世界政府を樹立することにあると知りました。日本は島国で周りを海に囲まれているから《平和憲法を掲げていればだれも攻めてこない》という妄想に囚われやすいのです。しかし、ヨーロッパは地続きですから、いつ何どき共産軍が国境を越えて攻め込んでくるか分かりません。非武装中立など通用しないのです。日本では、クリスチャンの社会党委員長土井たか子(朝鮮名 李高順)氏が「平和憲法を守れ。敵が攻めてきたら両手を挙げて降伏すれば戦争しなくて済む」などと言っていましたが、それは、奴隷化への道にほかなりません。今日の共産中国がウイグル人やチベット人に加えている民族抹殺の大迫害を見れば明らかです。わたしは自分がキリスト教的理想主義に酔って、現実を見失っていたことを知りました。  

  1976年12月に起った今一つの画期的な出来事は、「日本のためのとりなし運動」を発足させたことでした。日本人牧師3名、宣教師3名、計6名で委員会を作り、皆さんに押されてわたしが委員長に就任しました。この運動はイギリスで始まり、聖霊カリスマ刷新運動を通じてイギリスのとりなし運動の創始者デニス・クラーク牧師が日本にもたらしたものです。1977年1月の第2回委員会の席上で、日本の祈りの課題を協議したとき、ある宣教師が「天皇のために祈るべきだ。なぜなら聖書に『王たちと上に立つ全ての人々のために祈れ』(Tテモテ2:1)と書いてあるからだ」と主張しました。その時わたしは、自分が天皇のために祈ってこなかったことに気づいてハッとしました。その時から今日まで、「天皇と皇族たちについての祈り」が33年間たゆみなく続けられて来ました。祈るためには、天皇と日本国について知らなくてはなりません。それゆえ、わたしは日本の神話・歴史・伝統・国体についての徹底的な研究を積み重ねて今日に至りました。その結果、天皇と国体に関するわたしの考え方、祈り方にも軌道修正が必要となったのです。

昭和天皇の詔勅
  あの終戦の詔勅の玉音放送の中にこんな1節がありました、
 「朕(ちん)は、ここに国体を護持し得て、忠良なるなんじ臣民の赤誠に信依し、常になんじ臣民と共に在り」。
  この「国体を護持し得て」とは何のことか?わたしにはそれがわかりませんでしたが、 天皇陛下が昭和21年の元旦に「新日本建設に関する詔書」を下されたときに、多少わかったのです。その中にこういう1節があります、   
  「朕となんじら臣民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによって結ばれ、単なる神話と伝説とによりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、ひいて世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず」。
  これがいわゆる「天皇の人間宣言」と言われているものです。マッカーサー司令部は日本人の崇敬するカミを、聖書の言う天地創造の絶対神と同じだと考えていたので、天皇に、「わたしは神ではなく、人間である」と宣言させたかったようですが、昭和天皇はそうせずに、「自分は天地創造の絶対神という意味での現御神ではない」と述べておいでになるだけです。日本では昔から、特別に優れた徳や技能を持つ人を「神」と呼ぶ習慣がありますが、天皇の詔勅はその意味でのカミ観念を否定したわけではないと思われます。

天皇の神性  
  日本神話では、八百万(やおよろず)の神々がいるとされています。それらは山川草木森羅万象の中に充満していて天地創造の神の分霊と見なされています。その中で、人間の霊魂もまた神の分霊であって、神の御言葉(みことのり)を受けて正しく生きる者とされています。天皇が(すめらみこと)と呼ばれるのは、神の御言葉を受けて、それを民に告げ、それによって政治を行うので、政治のことを(まつりごと) というのです。 聖書では、神はご自身の形に似せて人を造られたとあり、土で造って、その中に命の息を吹き込まれたとあります。「息」とは「霊」ですから、神様は人間の体の中にご自身に似た霊魂を入れられたという意味でしょう。それによって人間には神の神性が与えられており、神様と霊の交流が出来るわけです。言い換えれば、神の子として神の御言葉に聞き従って生きる者となったということです。また、《ルカ3:36》には、「アダムは神の子」と記されていますが、その意味ですべての人は「神の子」であると言えます。しかし、現実には、神様が召して預言者・祭司・王とされた人々に聖霊の力が油注がれて、その任務を果たすことが出来るとされて来ました。そして、世の終わりには、聖霊が力強く全ての人に下って、一般庶民や奴隷の男女までが預言をするようになると告げられています。

  日本神話でいう天皇(すめらみこと)が神の子であるとは、聖書のいう意味と同じであって、天皇が天地創造の神そのものであるという意味ではありません。人間にはみな神性がありますから、日本流にいえば、みなカミです。従って、天皇に神性があるということは当然のことであると思います。天皇が日本統治の任務を果たすためには、天地創造の神の聖霊を受け、神の御言葉に聞き従ってこそできることでありますから、わたしたちはそのためにとりなし祈る責任があるのです。

日本の国体  
  日本という国は、マルクス主義の説く王制とは異なり、天皇・皇后を父母として国民はその子供たちであるとの関係において一大家族国家を形成してきたものと言えるでしょう。「日本系譜総覧」(講談社学術文庫)」によれば、日本民族の血流は天皇家の系譜に広くつながっていることがわかります。わたしも7年前、自分が第56代清和天皇の子孫(源氏)であることを、本家の系図を見て知りました。  
  つまり、国があって後に王を立てて国王とし、不満があれば王を倒して勝手に王や大統領に成り代わるというのではなく、天地創造の神の命を受けて天下ってきた天皇を奉じて君臣の分を明らかにし、各家族もそれに倣って親子兄弟の分をわきまえて秩序のある国家を形成して来たのです。
 
  昭和天皇は昭和21(1946)年の詔勅の中で「長い間の戦争が敗北に終わった結果、国民の中に焦り失望におちいり、道義の念すこぶる衰えて、思想混乱の兆候が見えるのは深憂に耐えない。しかしながら、朕はなんじら国民とともにあり、常に利害を同じうし、喜びと悲しみとを分かち合おうと思っている。朕となんじら国民との間の結びつきは、終始相互の信頼と敬愛とによって結ばれたものであって、単なる神話と伝説とによって生まれたものではないのだ」と述べておられます。  
  これは、歴史的に見ても真実なことです。

  例えば、続日本紀(しょくにほんぎ)によれば、第44代元正(げんしょう)天皇の詔勅にこうあります、
「朕は天下に君臨し,人々を撫で育み、家々がしだいに富を蓄え、人々が安楽に暮らせるように願っている。ところが近頃気候が不順で、旱害と水害が起り、農耕や養蚕に被害を与え、ついには衣食にも事欠き、飢えと寒さに襲われることになろうとは、思いがけぬことであった。このことを考えては、朕はまことに民をあわれみいたむ心を深くしている。今は課役を軽減して、生業を助けようと思う。そこで左右の京、及び畿内の五カ国に、すべて今年の調(みつぎ)を免除し、他の七道の諸国についても、本年の夫役を停止する」【養老5年(721年)3月7日】。  

「朕ははるかに千年の歴史を思い、広く学問の諸流を見て、くわしく政治の方法を考えてみたが、あわれみと思いやりに基づく方式より勝れたものはない。それゆえ遠方の地域も差別することなく、あわれみ恵み、国内の隅々まで慈しみ育てる思いやりを及ぼした。今、有司の奏言によると、諸国の罪人はすべてで41人、法に照らすと全員流罪以上に当たるものであるという。朕はこの奏言を聞いて大へんこれを哀れに思う。国中何処でも罪を犯す者あれば、その責任は吾れ一人にある。そこで奏上された罪人およびその罪にかかわりのあった者は、全員放免せよ。後から取調べすることも禁ずる」【養老6年(722年)4月22日】。

  これを読むと、終戦後昭和天皇がマッカーサー日本占領軍司令官を訪問して、「この戦争の責任はすべて私にある。自分の一身はどうなってもかまわないから、日本国民を救って欲しい」と求めたエピソードが想い出されるではありませんか。これが万世一系の天皇の精神であり、この天皇を敬愛して共に生きる日本国民の精神なのであります。そして、これが日本の国柄、すなわち国体なのです。

神話と歴史
  「万世一系の天皇」と言うと、「それは神話ではないか?」と反発する人が出てくるかも知れませんね。では、神話とは何でしょうか? 現代人はイギリスの人類学者タイラーやフレイザーの所説の影響を受けて、原始人は現代人のように知的にものを見たり、考えたりすることが出来ず、幼稚なアニミズム的思考から神話を作り出したと傲慢に考える人が多いと思われます。しかし、フランスの哲学者リュシアン・レヴィブリュル著「原始神話学」などは、原始人が自然と超自然とを区別せずに独特の感性をもって神秘的にとらえて表現する点で、現代人の知性では理解出来ないものとして、謙虚にその価値を認めています。
  そもそも、現代人が高級で、原始人は低級であるという見方そのものが間違っているのです。
  例えば、日本古代の歴史書であり、神話をも含んでいる竹内文書には3000億年前からの天皇と人類の歴史が記載されています。彼らは「天の浮き船」という宇宙船に乗って、宇宙のかなたの「天の日球(ひだま)の国」という星から飛来したとされています。彼らが地球上に築いた超古代文明は、巨石文明でもあって、現代人には不可能な技術をもっていたことが記録されています。  
  例えば、上古第五代天皇の巨石宮殿の遺跡が関東地方の筑波山の上に存在しており、天皇の御陵は男体山に、皇后の御陵は女体山にレーザー光線で形態処理したような巨石をもって築かれているのです。それはテレビの番組でも報道されていますが、学者は信憑性のないものとして無視しています。  
  アニミズムは低級であり、一神教は高級であるという評価もおかしいと思います。なぜなら、日本神話では、天地宇宙創造の神と、神から出た森羅万象が人間を含めて一つに調和した霊的存在者であり、見えるものの本質は見えない霊であることを認識しているからです。もしかしたら、現代の知性人は古代人から見ると霊的にも、知性的にも退化しているのではないかと考えられるふしがあります。  

  簡単に言えば、神話とは「神話的に表現された歴史」であると思います。いや、厳密に言えば、わたしたちが確かな歴史だと認めている記録が、神話なのかもしれないのです。  
  なにしろ、日本の古代史「日本書記」に出てくる宇宙創成の神々「アメノミナカヌシの神」、「タカミムスビの神」、「カミムスビの神」という三神が、竹内文書では古代の天皇の名前なのです。どのスメラミコトも人間であって、生まれた時と死んだ時があり、葬られた山の峰の名前まではっきり書いてあります。そして、そこに行けば天皇の御陵があるのです。  

  そして、天皇家の歴史は天神朝7代→上古朝25代→不合(ふきあえず)朝73代→神日本(かんやまと)朝125代と継続していて、現代は神日本朝の第125代スメラミコトが君臨しておいでになるわけです。まさに、万世一系ではないでしょうか。

  昭和天皇は明治天皇が宣布された「五箇条の御誓文を取り上げて、日本は明治維新により、民主主義国家となったと語っておられます。 
  わが国の歴史はこのように世界に類なき天皇家を持つ一大家族国家の特色ある歴史ですから、これを決して失うことなく、国民全体が自覚を
高めて回復して行くべきであると思います。             以  上

筑波山
上古第五代天皇御陵山頂に

  【参考文献一覧表】
  今谷 明著「象徴天皇の発見」 文春新書
  宇治谷 孟現代語訳「続日本紀」(上)
  笠原英彦著「歴代天皇総覧」中公新書
  木宮泰彦著「参考新日本史」冨山房
  小島徳弥著「国体の本義」国民教育普及会
  高坂和導著「<超図解>竹内文書」徳間書店
  小林よしのり著「昭和天皇論」幻冬舎
  佐藤 優著「日本国家の神髄」産経新聞社
  竹内義宮著「神代の万国史」皇祖皇太神宮
  竹田日恵著「日本書紀暗号解読」徳間書店
  鶴見俊輔著「天皇百話」上下 ちくま書房
  西尾幹二著「国民の歴史」産経新聞社
  「日本共産党の八十年」共産党中央委員会
  モルデカイ・モーゼ著「日本人に謝りたい」 日新報道
  レヴィブリュル著「原始神話学」創元社

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