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カトリック教会の左傾化 (最終回)
「君が代」反対から「沖縄米軍基地」反対 そして環境問題
                               筑波大学名誉教授 澤田昭夫
                                (月曜評論平成12年5月号掲載)
         
「冷戦後」の共産攻勢に躍らされる教会と世界
  1991年8月の「クーデター」と12月の「ソ連解体」で冷戦も共産主義も終ったというのは、元KGB要員ゴリーツイン(Golitsyn)が、その『ペレストロイカ(再構築)の欺瞞』で断言するように、敵を無力化させるための逆情報という催眠術に他ならない(この「クーデター」については筆者の「共産主義は終わったか?」『文化会議』1993年7月号を参照)。現実は逆で、一方では相変わらずムチによる暴力革命、ゲリラ活動が続行され、他方ではアメによるグラムシ(Gramsci)型の巧妙な文化革命が展開されている。  
  前者にはチェチニア、シリアなどの例があるが他にも無数の事例がある。そのひとつは、ローマとの絶縁を原則とした国家教会「中国天主愛国会」(以下「愛国教会」と略記)を「信仰の自由」の宣伝看板に利用しながら共産中国が行なっている、ローマに忠実な大陸地下教会の信徒、聖職者に対する苛烈な迫害(「労改」)であり、もうひとつは東ティモールでの
ゲリラ闘争である。  
  東ティモールでは独立を要望する多種多様な分子がCNRT(民族抵抗評議会)なる連合体を作り、ベロ司教指導下の現地カトリック教会もそれに参加していたが、「軒を貸して母屋をとられる」の言い回しどおり、独立革命後の実権を奪ったのは、残虐さにおいてインドネシア軍に劣らぬ左翼ゲリラ組織FALINTIL(東ティモール民族解放武装軍団)であり、その指揮官はイエズス会系ミッション校卒の詩人でチェ・ゲヴァラ型の革命家サナナ・グスマオである。  

  彼は今年1月24日に北京を訪問、東ティモールの将来に対する中国の援助約束をとりつけた。FALINTILはFRETELIN(東ティモール独立革命戦線)と並んで早くからWCCや正平協の物的、精神的援助を受けていたゲリラ組織である。チェ・ゲヴァラ礼讃ポスターが町角に見られるのが
今日の東ティモールである。  

  因みに500万から800万を数えるといわれる中国の地下教会の信徒たちが恐れているのは、迫害に耐えている彼らの頭越しに進歩的カトリック者が共産政府認可の「愛国教会」との連携を緊密にしていることであ
る。中国と蒙古との文化交流に従事しているベルギー・ルーヴァンのフェルビースト(Verbiest)財団理事長でスクート宣教会(日本では淳心会)の宣教師でもあるハインドリックス(Heyndrickx)神父は、「愛国教会」を
公認させるための「橋梁」たらんと東奔西走している。  

  暴力革命よりも浸透力があり、危険なのはグラムシ型文化革命による共産攻勢である。なぜならそれはさまざまなフロント組織の裏で共産主義の顔を隠した文化運動だから、善意の一般信徒も一般社会人も容易に釣り込まれるからである。昨年6月のケルン・サミットで一躍脚光を浴び、今年の沖縄サミットにも持ち込まれようとしているものに、前述の正平協が「ジュビリー(聖年)2000」のキャッチワードで推進した「重債務貧困国」(HIPC)の「債務帳消しキャンペーン」がある。これは一見、人道的に聞こえる話だが、問題はさほど単純ではない。  

  債務は貧困国の帳簿から消えても、無くなるわけではない。世界銀行の帳簿に書き写されるだけで、その支払いは米国、EU諸国、日本、カナダなど先進債権国政府ないし納税者の負担になる。それでも突然の自然災害などの非常事態で悩む貧困諸国民のために先進国の納税者が緊急人道援助を行なうのは当然だが、無条件の「債務帳消し」は実は決して貧困解消につながらず、むしろ貧困を恒久化する。貧困解消のハードウェアが均衡財政、低インフレ、民間企業主導を特徴とする自由市場経済であり、ソフトウェアが法の支配、民主主義、高識字率などであることは、先進国になったかつての途上国が実証しているところである。    貧困国の政治経済がこの目標に向かう保証がない、つまり無条件の援助、無条件の帳消しは途上国の政治腐敗や軍事支出のため、国威宣伝用の大型プロジェクトのために浪費され、民衆は一層窮乏化することになる。自由市場、民主、法治に向かう保証がなければ、債務帳消し後、先進国からの将来の援助も期待し難くなる。  

  ここで注目すべきことがある。それは正平協だけでなく「債務帳消し」運動活動家たちの多くが貧困国の貧困の責任を自由市場経済と世界銀行、国際通貨基金、グローバリゼーションに負わせていることである。ドイツとフランスの巨大な教会系国際援助組織「ミゼレオール」MisereorとCCFD(反飢餓と発展のためのカトリック委員会)もその政策宣言で、
同様に社会主義的臭気紛々の「緑党」的傾向を示している。ちなみに、CCFDはWCCと同様に、早くから、東ティモールのFRETLINはじめ世界のゲリラ組織に財政援助を行ってきた。  

  皮肉なことに、「重債務貧困国」諸国の大部分であるアフリカ諸国の貧困化の一因は部族紛争、内戦であり、それを扇動してきたのは多くの場合共産系ゲリラ組織である。因みに、朝鮮総連と「IMF・世銀を問う会」と名を連ねて東京大司教白柳枢機卿が代表となって昨年12月になされた「債務帳消し」全国署名運動の署名用紙に「問い合わせ先‥アジア太平洋資料センター」とある。これは『フィリピン民衆革命へ・フィリピン共産党重要文献集』を編訳している左翼系組織である。

ゴルビ的「新思考」に巻きこまれた環境・地球倫理
 グラムシ型文化革命のひとつの頂点にたつのが、「ペレストロイカ」の立役者ゴルバチョフ元ソ連大統領を中心に展開されている国連がらみの緑の運動、環境保護運動、地球憲章運動、そのネットワーキングとしての、「人間の顔」をした新共産主義である。新しいロシア大統領プーチンが共産主義の硬い、ムチの側面を代表するとすれば、ゴルバチョフは柔らかいアメの側面を代表する。もちろん彼もプーチンと同様KGB出身で、中身は小型スターリンとも呼ばれる人物である。彼は1991年の偽装クーデター後、役割を変え、建前上は共産主義から脱皮した優型の国際文化人に変身した。  

  ゴルバチョフは1993年に来日、リオの環境サミットの協定実施民間組織として「持続可能な発展」をキャッチワードに1992年に作られていた「地球理事会」(Earth Council)の延長として「グリーン・クロス・インターナショナル」なる環境保護組織を京都で発足させ、国連のNGOに認知させた。人間と自然環境との「共生」をめざすこの国際組織は、「地球理事会」と相呼応して国連による採択を目指す「地球憲章」(Earth Charter)草案作成にとりかかった。(ロシアはじめ世界20数カ国に支部をもつ
「グリーン・クロス」の日本支部役員には石原慎太郎、顧問に広中和歌子の名が見える。)  

  彼は間もなく、カーネギー、フォード、ロックフエラー、メロンなど米国財団から得た300万ドルの寄付を基にサンフランシスコの歴史風致地区
プレシーディオ(Presidio)の北端ゴールデン・ゲイト橋近くの歴史的建造物「海上保安隊駐屯所」を入手、「ゴルバチョフ財団」なる国際シンクタンクを設立した。この財団はカナダの大富豪M・ストロングなど世界の大富豪や財団の援助を得て1995年以来毎年、多くの国家元首、首相、大企業家、学者、芸能人を網羅する「世界状況フォーラム」State of the World Forum(SWF)なるシンポジウムを開催し、「地球憲章」の普及と国連による「憲章」採択をめざしてきた。  

  昨1999年10月、地球人口が60億に達した直後、1945年に国連憲章が採択されたサンフランシスコのフェアモント・ホテルで一週間にわたり参加費5千ドルをとって第5回SWFが催された。ブッシュ前米国大統領、サッチャー元英国首相、南アフリカのツツ大主教、ヨルダンの女王から、黒人の活動家ジェッシー・ジャクソン、ニュー・エイジの女優シャーリー・マクレーン、ドミニコ修道会から追放された「環境霊性」の指導者フォックス神父など、各界の名士を賓客に揃えた昨年のフォーラムは環境倫理、地球倫理、「持続可能な文明」についての対話、討論を6日にわたって続けた。第6回SWFは、160名以上の国家元首、首相が参加する9月3日から9日の国連ミレニアム・サミットにあわせ、9月3日から10日までニューヨークのヒルトン・ホテルで、世界各界の有名人等約2000名を集めて開催される。  

  まことに瞠目に値する世界的コネクションとリンクを操るゴルバチョフ・ネットワークの裏にある哲学は、環境倫理、地球倫理、ひとことで言えば無神論的ヒューマニズムである。それが目指すのは、一つにはユダヤ・キリスト教の廃絶である。モーセの十戒に替わるとされる地球憲章の倫理は「地球を敬え」であり、Earthという文字は常に大文字で書かれている。神もキリストも教会も消し去られ、それに替わるものが地球と地球理事会ないし地球社会なのである。地球倫理で想起されるのは、「世界宗教者平和会議」(WCRP)のイデオローグで、神学教授職を停止させられたH・キュング神父の「地球倫理」である。それはキリスト教であれアニミズムであれ、みな同じ救いの道だとする相対主義、折衷主義である。  

  環境倫理が目指すのは、二つめには人間の廃絶である。地球憲章は「知恵と心の平和」などと美辞をつらねるが、「持続可能な発展」とか「持続可能な文明」というのは、強制避妊、中絶などによる人口抑制、人口安定が好ましい地球環境だという考えである。ゴルバチョフ財団が昨年のSWFを、世界人口が60億に達した時点で開催したのは、人口過剰は文明の危機、過剰人口は地球汚染という信念があったからである。地球・環境倫理によると、貧困克服の理由は貧困が人間の尊厳に相応しくない生活を強いられるからではなく、貧困が森林伐採を招来するからである。
  「持続可能」という基本概念に基づく地球倫理は、三つめに、国民国家の廃絶を意味する。なぜなら、ゴルバチョフの息のかかった多数のNGOが支配的影響力をもつ国連のなかで、国民国家の主権は空洞化され、国民国家の頭越しに「シヴィル・ソサエティ」、「ワン・ワールド」の世界政府が全体主義的権力を行使して、「持続可能な地球」に相応しいと自ら判断する経済政策、社会文化政策、そして安全保障政策を決定、実施することになるからである。国民国家主権は絶対的なものではなく、排他的民族主義は克服されねばならないが、オーウェルの『1984年』まがいの左翼全体主義は真っ平御免である。  

  因みに、持続可能な地球文明の神髄理解に有用なのは、1991年にモスクワでヒューマニスト・クラブとして発足し、今や全世界に広がりつつある「ヒューマニスト運動」、そして、1997年2月のゴルバチョフ講演「ヒューマニズムと新思考」である。後者は、ルネサンス以来の伝統的ヒューマニズムを抽象的な過去の遺物と決めつけ、ペレストロイカ以後の現代が必要とするのは多元主義、地球主義の、市民参加型ヒューマニズムだとする。
  この「新思考」に100パーセント合致する「ヒューマニスト運動」は、国際金融資本を人類の敵と見傲しながら、市場経済の時代は終ったとして資本よりも労働を、議会制民主主義より直接民主制を優先させる。そして「神中心のヒューマニズム」などは矛盾であって人間以外いかなる存在も認めないものこそ真のヒューマニズムだとする。このようなヒューマニズムに根差した地球・環境倫理は、フランス革命のジャコバニズムヘの
回帰、「人間による人間支配」の再生に他ならない。

結 び
  昨年秋から今春にかけ、東京四ッ谷の聖イグナチオ教会では、歴史や政治経済の専門家ではないらしい素人聖職者や修道女を講師に招いて「メルキセデク会」主催の地球環境問題研究講座が開かれた。その講座の広告チラシの裏面には、「明治以来今日まで他国を侵略して経済発展を続ける日本の社会構造を問う」映画「伊江島のたたかい」の鑑賞会
(武蔵野公会堂)と鑑賞後の分かち合いの広告が印刷されている。広告は作者阿波根昌鴻氏の次の言葉を引用している。「私たちの平和運動は、米軍基地を日本からなくすだけでは終わらない。平和憲法を世界に広め、地球上から戦争も武器もなくす。そして地球の資源をすべての人で平等に分け合える社会、能力に応じて働き、必要なだけ受け取れる
社会を築くまで続けるのです」。
  「メルキセデク会」の講師も聴講者も恐らく気付いておらないだろうが、環境賛美と米軍基地反対の平和主義という、一見無関係の要素は、
君が代反対、債務帳消し、緑、持続可能文明、ニューエイジ、地球倫理などと同様、ゴルバチョフ流共産主義の無神論的ヒューマニズムのグランド・デザインのなかにきちんとはまり込む、ジグゾーパズルの駒々で
ある。カトリック教会の全体が左傾化しているわけではない。左傾化しているのは、日本のカトリック・マスコミと教会組織の中間管理層や一部の修道会、司教団の一部である。欧州諸国や米国の教会と違い、中道正統派からの反論、批判がほとんど皆無なために、一部の声高の意見が全体を支配することになる。この状況は教会だけでなく日本の社会一般にも見られる。
  いずれにせよ教会の左傾化は、世界共産主義にとって記念すべき2017年に向けての地球社会全体を視野にいれた、赤い帝国主義的戦略の一部でしかないことを銘記すべきであろう。

著者 澤田昭夫のプロフィール
1928年ワシントン生まれ。1951年東京大学西洋史学科卒業。
コーネル大学修士。ボン大学文学博士。近代イギリス史、
ヨーロッパ史専攻。
南山大学教授、筑波大学教授、日本大学教授、筑波大学名誉教授。
編・著書に『原典による歴史学の歩み』『ユートピア――歴史・文学・
社会思想』『論文の書き方』『論文のレトリック』『「ヴァチカンの道」に
「典礼と信仰の崩壊戦略」連載』等。

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