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聖霊のバプテスマ
                    ( 第 1 回 )         ヨハネ 皆川尚一
 私が聖霊によるバプテスマを受けたのは、1966年11月12日(土)の
早朝でした。今から40年前のことです。
  ふと目が覚めて枕元の腕時計を手に取って見たら、午前4時でした。未だ早いから眠ろうと思って目を閉じたけれども、眠れない。反って「祈りたいなあ」という思いがこみあげて来て、じっとしていられなくなったので、時計を握って寝巻きのままで書斎に行きました。書斎といっても、玄関脇の二畳の板の間の室で、机と椅子の上に、寒かったので・・・・・あぐらをかいて座りました。
  さて、何をお祈りしようかなと考えましたが、分からない。先ず、とりなしの祈りをと思い、前の日に大手術を受けたI 姉のため、次にノイローゼが治って初めてのアラスカ航路に乗り組んだ求道者C兄のために祈りました。では、次に自分のことを祈ろうと思って、合掌しました。
  「主よ、私に聖霊を満たして下さい。」
  これで言葉が続かなくなり、雑念の全く浮かばない無心の境地に入りました。恍惚状態ではなく、意識はハッキリ覚めています。その時、
主イエス様がアリアリと私の前にお立ちになり、私は生まれて初めて、
語りかけるキリストの御声を聴きました。
  「わたしの恵みは、お前には充分だよ。それで良いではないか。」
  やさしい、静かなお声でした。心に自分の思いが浮かぶのに似ているが、明らかに語りかけてくるところが違います(あぁ、イエス様だ)と心は飛び立つように弾みました。応答は考えるいとまもなく腹の底から出てきます。
  「はい、主よ、私はあなたから多くの恵みをいただいて感謝しております。でも、私の周りには悩んでいる人や苦しんでいる人が沢山いますから、もっと力強くあなたの恵みを伝えてあげたいのです。どうか聖霊を満たして下さい。」
  少時の沈黙の後に、又、御声がきます。
  「お前は、自分の罪をどうするのか。」
  自分の罪と聴いた時、ハッとして心が乱れたので、或いは「罪を捨て
て、全くわたしに従うか」と言われたのかも知れません。
  とにかく、応答は考えるいとまもなく腹の底から出てくるのです。
  「はい、主よ。私はお言葉のとおりにいたします。」
  尚、しばらくの沈黙の中で、突然、強い力がやって来て、合わせた
両手を天に向けてぐんぐん引き上げました。顔も、強い力で天に向けて固定され、首筋が硬くしびれた様になります。額から何かが注ぎこまれて手足の指先まで達し、腹の底から湧き上がって来ます。口が開いて唇がしびれたようになり、舌が立って震えながら、ロレツのまわらない言葉の
ようなものを発します。「レロ、レロ、レロ…」とでも言おうか、表現しにくい言葉です。
  (ああ、これが異言なんだなあー)と思いながら、自分の考えと関係なくほとばしり出てくる異言に聞き入りました。何しろ異言なんてものは聞かないで馬鹿にしていたのですから、これが全く初めての経験です。言葉の意味は分からないが、とにかく嬉しい。意識はハッキリしていて、何とも言えぬ平安な心境であり、興奮状態でもなければ、恍惚状態でもないのです。経験のない人は外見上から見てそういうのですが、全く違います。
  大きな声を出すと、家内や子供たちが目を覚ますと思って極力抑制したのですが、やめたくないので、小さな声でつづけました。
  湧きあふれる非常な歓喜も単純なものではなく、罪の意識とゆるされた感謝が交々織りなされていくのです。
  《主よ、どうして、こんな罪深いものを、こんなにも愛してくださるのですか!!》 と心で叫ぶと、涙が溢れて目汁鼻汁となって降る。ただ有難く
て、もったいなくて、申し訳なくて、嬉しくて、穴があったら入りたいような気持ちと、逆にイエス様にしがみついて絶対に、永遠に離れまいという
想いとが一つになった歓喜なのです。
  やがて、異言が日本語に変わりました。
  「うれしいーっ!!うれしいーっ!!うれしいーっ!!・・・・」息のある限り一句、一句絶叫したいのです。合間に、「感謝!!」とか「ハレルヤ!!」とか意識して言うのですが「うれしい」の連続でした。両手は自然に大きく拍手をくりかえし、体はあぐらのまま強い力で何度も上に引き上げられました。しまいに、ぐっと強く引き上げられてドーンとおりたとき、両手を拡げたままうしろにひっくりかえる形で背後の本棚に頭をぶっつけ、
《痛いーっ》 と感じながらも椅子の背によりかかって歓喜に浸っていました。
  嵐のような、或いは又激流のような喜びが静まった時、机の上の時計を見たら四時半でした。
  感激が消えぬうちにと、机の上にあった週報の端に自分の気持ちを
ボールペンで走り書きして記念としました。
  そのあとの静かな清らかな喜びもまた、素晴らしいものでした。体の中を温かい流れが静かに行き巡り、汚れが全く洗い潔められた感じでした。
  主の愛の中に抱かれて満ち足り、《これが天国だ。有難いなー》 と想っていたら、あっという間に五時半になっていました。新聞配達が戸口の郵便受けに新聞を入れる音がして気がついたら、体が全く冷え切っていたので、《これで止めよう》 と思って寝床に帰りました。

                 ☆  ☆  ☆

 大変な経験をしたものです。日本基督教会は神の言を重要視するが、個人の体験は当てにならないものと軽視する傾向をもっています。私もその中で育ち、同じ考えで歩いてきましたから、どんな反応が起きるか
大体予測がつくのです。キリストの声を聞いたとか、神の光を見たとか、神秘的体験に対しては私も長い間眉つばものだと見なして来ました。
  神学生時代には「無教会主義の関根正雄の集会では異言を語っているそうだ。感情主義に走っている。馬鹿な奴等だ」などと、何も知らずにののしった事もあります。聖霊に関しても、聖霊のバプテスマは水のバプテスマと同時に受けているのだから、あらためて何かの特別な体験として求めるべきでないという神学的理解を受け継いで来ました。  
  聖霊のバプテスマとはペンテコステの激しい聖霊降臨を言うもので
あって、初代教会の中に現れた異言、予言、いやしの奇跡などの目ざましい霊的現象は、教会の成長、発展につれて不必要になった。それは
丁度川のようなもので、はじめは渓流として激しい勢いで山から流れ落ちるが、次第にゆるやかになり、平野に出るとゆったりと蛇行して流れる大河となる。聖書が正典として成立し、教理と教会の組織制度が確立されるに従って、聖霊の働きもそれらを通して静かに行われるようになったのだと考えていました。
  その私がなぜ、このような体験をしたのかというと、意識して強く求めたからです。ではなぜ求めるようになったのか。
その理由は三つあります。
  第一は、主観的な理由で、私自身の心の中に聖霊を求めてやまない渇きが生じたため。  
  第二は、客観的な理由で、聖書が聖霊とその賜物とを約束し、求めるように命じていることを発見したため。  
  第三は、同じく客観的で、現代キリスト教界の中に聖霊の著しい働きが現れていることを知ったためです。以下、少し詳しく説明してみたいと思います。  
  第一の主観的理由ですが、私の心の中に生じた聖霊を求める渇き
は、即イエス・キリストとの霊的合一を求めるものであって、受洗後に
始まり、年々増し加わって来たものです。信徒となり、伝道者となりましたが、自分の中にある自我と肉の欲との戦いは激しく、自分の無力を感じれば感じる程、聖霊の愛と力による全き支配が自分の中に確立され、全く潔められることを求めるようになりました。それは「完全な潔めの体験」がこの世で与えられるという神学的な理解を持ったからではなく、ただ、み言の通りに、「わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストがわたしのうちに生きておられるのである。」(ガラテヤ2:19〜20) と告白してキリストの全きご支配に
日々徹底して従うことを求めたからです。  
  次に、伝道者になってから捨身で伝道しても成果が挙がりません。真に申し訳ないと思いました。もちろん伝道者間でよく聞かれる言い訳は私も知っています。日本は石地だから福音の種はそう簡単に芽を出さないのだとか、教会は数が増えることよりも質が大切であるとか色々あります。
  しかし、主は、「すべての国民を弟子とせよ」(マタイ28:19)
といわれたのであって、伝道の対象の難しさや救われる人数の制限などは理由にならないと思います。反って問題は伝道者自身にあるのではないか。私自身が、聖霊の支配と権威の下に自分を投げ出さず、自分の考えと力と熱心さに大幅に依り頼んで来たために、知らず知らずのうちに自己満足や自己義認におちいって、聖霊の働きを妨げて来たのです。私は聖霊に対し無条件降伏し、無条件服従しようと思いました。  
  第二の客観的な理由は、聖書の中に啓示されています。私は「足の伝道移動学校」の校長として、毎回聖書講義を担当して来ましたが、それは創世記から黙示録までのみ言を通して、神の業としての宣教(足の伝道学)を学ぶためでした。私自身のために良い学びとなりましたが、特に、主イエスが教会に命じ、かつ約束した宣教の業の内容を再認識するのに役立ったのです。主の宣教命令は二つの柱から成り立っています。
  ・・・福音の宣教と・・・力ある業です。
  十二弟子に対して、「行って、『天国が近づいた』と宣べ伝えよ。
病人を癒し、死人をよみがえらせ、悪霊を追い出せ。」(マタイ10:7〜8)
と命じられたが、七十二弟子にも同様に命じ(ルカ10:1〜20)、世界宣教の大命令においても同じです。(マルコ16:15〜20)。  
  使徒パウロも言っています。  
  「キリストがわたしを用いて、言葉とわざ、しるしと不思議との力、聖霊の力によって働かせて下さったことの外には、あえて何も語ろうとは思わない。こうして、わたしはエルサレムから始まり、巡りめぐってイルリコに至るまで、キリストの福音を満たして来た。」(ローマ15:18〜19)この働きは空間的には地の果てまで続き、時間的にはキリスト再臨の日まで続くのです。  
  「聖霊があなたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレムとユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となるであろう。」(使徒1:8〜11)  
  主のご命令は一貫していて変わることがなく、将来は「力ある業」は
不必要になるとの予告もない。  
  しかるに現代の教会は福音の宣教だけをしていて、力ある業を失っているばかりか、それを正当化さえしているのです。福音の宣教も聖霊の力と権威による「神の言の宣言」としての特色を失い、人間的、学者的
に説教するのが一般的です。他人事ではありません。私は自分自身がその一員であることを認めて愕然としたのです。足をくじいた青年の足に手をおいて、キリストのいやしを祈った事はありますが、芝居じみていて板に付かないことが直ぐ分かって、二度としませんでした。  
  病気をいやすことも、悪霊を追い出すことも、その権威が身についていないのだから私には不可能でした。権威と力とは聖霊のバプテスマによって満たされるのです。従って、私は従来の聖書から逸脱した考えを捨て、あらためて宣教の主体として聖霊に対し、「主よ、来たりませ」と
叫び求める決心をしたのです。  
  第三に、同じく客観的な理由の一つとして現代キリスト教界の中に、
著しい聖霊の力が現れていることを挙げねばなりません。ペンテコステ派と呼ばれる教会の流れが、約百年前から始まって急速に勢力を持ち、カトリック、プロテスタントと並ぶ第三の世界的な流れとなっていることは、聖書の約束が廃らずに今も生きていることの具体的証拠です。  
  又、原始福音の幕屋運動というものが台頭して来ていました。私は未だ一度もその聖会に出たことはなかったのですが、機関紙「生命の光」が送られて来て、聖霊の力による回心や奇跡が目ざましく起こっているのを知りました。幕屋運動には賛成できない点がいくつか見られたので、その中に入る気になれなかったけれど、大きな刺激にはなりました。(あそこで起こることが、ここで起こらないはずはない)と確信したのです。
  このような理由から、悔い改めて一年以上も続けた結果、ついに40年前の11月12日の朝、乾き切った心の砂地は深奥までも「あまつ真清水」でうるおされ、新しい霊的次元が私の前に開かれたのでありました。
                                (以下、次号に続く)

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