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戦争責任に時効は無いか?
              −女性国際戦犯法廷をめぐって−    ヨハネ 皆川尚一
戦争責任に時効は無いか?
 「わたしはまた、日の下を見たが、さばきを行う所にも不正があり、
  公義を行うところにも不正がある。わたしは言った、
  『神は正しいものと悪い者とをさばかれる。
  神はすべての事と、すべてのわざに、
  時を定められたからである』と」(伝道の書3:16〜17)。

 昨年12月7日から12日までの6日間、東京の九段会館で
「女性国際戦犯法廷」なるものが開かれました。
 戦後55年、極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)が終わってから
54年にもなるというのに、なぜ今ごろこのような裁判が行われるのかと
疑問に思い、主催者側からの資料や批判者側からの資料などを
取り寄せて調べた結果、以下のような事柄がわかりました。

東京裁判の続編だ
 この法廷の主催者は、1946年の東京裁判では日本軍性奴隷制と
昭和天皇に対する断罪が行われなかったから、今われわれがこれを
裁くのだと明言しています。日本軍性奴隷制とはいわゆる従軍慰安婦のことを言うのです。
元来は「従軍」の語はなく、ただ「慰安婦」(Comfort Women)と呼ばれて
いたのですが、1978年に千田夏光著「従軍慰安婦」が出てから、
そう呼ばれるようになりました。そこで、このレポートではただ「慰安婦」と記すことにします。
 東京国際軍事法廷は日本と戦って勝利した連合国の開いた裁判で
あって、当時は「日本の野蛮な侵略戦争を裁く文明の裁判」とか
「正義の裁判」とか称えられましたが、真実は勝者の敗者に対する
復讐裁判でありました。従ってこの女性法廷も本質的にはその延長線上にある一種の復讐裁判であることがわかります。そして12月12日の判決では、「昭和天皇が、女性に対する強姦と性奴隷制からなる人道に
対する罪を犯した」と宣言しました。ただし、正式な判決は来る3月8日の国際婦人デーに発表される予定です。

主催者はだれか
 奇妙なことに、この運動の原動力となった人は日本人女性で、元朝日新聞記者松井やより女史です。朝日新聞といえば1991年8月11日の
大阪朝日新聞の朝刊に、同社会部の植村隆記者が韓国人従軍慰安婦のことを書いたスクープ記事が載りました。それは「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人慰安婦「金学順」からの聞き取り調査です。これがウソであったことは当の金学順が日本に来て証言したにもかかわらず、朝日新聞はその後この記事を発端として、今日まで慰安婦に関する大キャンペーンを繰り広げてきました。たとえば、韓国の済洲島で慰安婦狩りをやったという吉田清治のウソの証言も真実として報道されましたし、宮澤首相訪韓の時に合わせて「挺身隊の名で連行された慰安婦の数は8万人とも20万人とも言われる」とのウソの解説を載せたため、宮澤首相はその件で謝罪することになりました。また、その後も河野官房長官談話で、これを追認した形に
なりました。この二人の日本高官の謝罪が、国連に対するクマラスワミ
女史(スリランカ)の「日本軍性的奴隷制問題に関する報告書」の中で
日本政府がその犯罪を認めたとされることになったのです。
 さらに、この朝日新聞社の記者であった松井やより女史は、韓国の
女性リーダーである尹貞玉(ユン・ジョン・オク)女史と連帯しました。
尹女史はソウルの梨花女子大の元教授で、戦時中慰安婦たちと同じ
世代なのに親の威光で工場動員もされなかったこころの痛みから、
慰安婦救済運動を始めた人です。
 今一人の主催者は、フィリピンのインダイ・サホール女史【女性の人権アジアセンター(ASCENT)代表】ですが、この人については何も情報が
ありません。
 以上の三人を中心として国際実行委員会が組織され、
今回の女性法廷の主催者となっています。

世界女性運動の発展
 なぜこの運動が女性国際法廷を開くまでに発展したかの経過を辿ってみると、1975年に国連が定めた「国際婦人年」にメキシコシティーで
第一回世界女性会議が開かれ、第二回は85年コペンハーゲンで、
第三回はナイロビで、第四回は95年に北京で開催され、2000年までの
行動綱領(Platform for action)を採択しました。その中に「女性に対する暴力」(Violence Against Women)も含まれています。
こうした国際的な女性運動の高まりの中で、上記の国際実行委員会が組織され、第二次世界大戦中の日本軍が組織的に行った女性に対する暴力を裁いて謝罪と処罰と賠償を日本政府に要求するため、前代未聞の女性国際戦犯法廷を開催する所までこぎつけたわけです。

欠席裁判だ
 次に、この裁判には必要な要件が欠けています。
(1) 出廷者
    裁判官5名
    検事40名
    被害証言者72名(各国より)
    加害証言者2名(元日本軍兵士)
    被告なし(すでに死去した昭和天皇と政府高官たち)
    弁護人なし
 被告も弁護人もいない欠席裁判は公正なものとは言えません。

(2) 裁判長 ガブリエル・カーク・マクドナルド女史は米国人で、
旧ユーゴ国際戦犯法廷前所長をつとめた人物です。
首席検事 パトリシア・ビサー・セラーズ女史も米国人で、同じく旧ユーゴ国際戦犯法廷ジェンダー犯罪法律顧問を務めました。この法廷は
旧ユーゴの分裂にあたり、英米の援助や支配に従わず独自の路を歩むセルビア人とミロシェビッチを一方的に悪玉と断定し、英米に服従させるために民族浄化作戦の罪を着せて断罪したものです。これと同じ手法で、今度は日本を悪玉として断罪するために裁判長となり、首席検事となりました。

(3) この法廷はこれまでの国際法を無視し、適正法手続きを抜きにして、人道主義の名の下に裁判を行い、国際人道法なるものを国際社会に認めさせようと意図しています。そのために極めて独善的な主張を堂々と繰り広げているのです。これは米国が人道主義の名で
ユーゴ空爆を行ったのと同様の論理です。

(4) そのために、被害者の一方的な訴えを聴く。被害の証拠を特定
しようとしない。被告の弁明や反対弁論を聞こうとせず、弁護人の弁論をもさせようとしない。ただ日本を断罪するためにのみ開かれた法廷ということがわかります。

みせしめ効果?
 主催者の一人の尹貞玉女史は言います「被害国の中に生存している日本軍の慰安婦制度の被害者、自殺したり異国の地で亡くなったすべての被害者の心情をくみとり責任者を処罰してほしいという遺言に従って、戦犯法廷を開くことは歴史的に意義深いと思う。この法廷は誰がどこで何をしたかを明らかにし、慰安婦制度について決定権をもって関わった人を対象にその責任の重要性について問うものだ。このような法廷が
戦後50年以上たち、2000年に開かれるのは遅すぎるとも思う。現在も、女性に対する組織的暴力は武力紛争下などで行われているが、もし、
第二次世界大戦後、徹底的に日本が審判を受けていたら、現在、
組織的性暴力はなくなっていたのではないか。・・・」と。
 これはとんでもない的外れの論理です。この論理で行けば世界中の
組織的性暴力は日本を厳しく裁かなかったからだということになります。戦争という人殺しを正義や人道や国益や人類の幸福の名の下に正当化する悪事を行えば、ありとあらゆる罪悪が戦争の中で行われるのは必然的であってどんなに規律ある軍隊であっても極限状況の中では何が起こるか知れません。どんなに日本を裁いても防ぐことはできません。
慰安婦の存在は人類の戦争史と共に古い必要悪とされてきました。日本軍だけでなく、イギリス、アメリカ、ソ連、ドイツの軍隊にも見られます。
日本が果たして、この法廷で訴えられているように組織的に女性を
性奴隷としたのかという点には様々の疑問があります。
しかし、今この紙面ではそれを取り上げる余地はありません。

時効は必要だ
 次に「戦争責任に時効はないか」という問題をとりあげます。というのはこの女性法廷憲章は第六条「時効の不適用」において、「『法廷』が裁く犯罪は、時効が適用されません。」と規定しているからです。
 これまで国際社会に通用してきた「国際法」からみた場合、日本の戦争責任は東京裁判とサンフランシスコ講和条約において決着がついています。賠償についても決着しています。それぞれの戦争当事国がお互いの戦争責任を講和条約おいて賠償も含めて決着させた場合、それぞれの国の内部から補償を求める請求が起こされた場合、その国の政府が
責任をもって補償するのであって相手国に対して個人が請求する権利は認められません。それは国家というものはその国家を形成する民衆の
運命共同体であって、各々独立している人格的存在であるからです。
 また、時効の問題も重要です。時効にはいろいろありますが、最長でも20年です。今回のほとんどの訴訟は犯罪事実が発生したとされる時から20年以上が経過していますから、現行の法体系では無効となるでしょう。
 「では、時効を無くせばいいじゃないか」というのがこの法廷を開いた
人々の主張ですが、これほど神様を畏れない無法な主張は
ないと思います。
 「なぜ、時効があるのか」と言えば、いくつかの理由を挙げることが
できます。
(1) 人間は死ぬものです。裁く者も、裁かれる者も死にます。
自分が死ねば人を訴えることも裁くこともできません。また、死んだ人を裁くことはできません。
(2) 年月の経過により、証拠となるものが失われて行くから
だんだん正当な証拠に基づく裁判ができなくなるでしょう。
(3) 人間の裁判は誤りが多い。それでも尚、人間がとめどなく罪を
犯すおそれある者であり、法によって取り締らなければ犯罪を防げないという理由から、法律を作って裁判を行うことにより国家社会の秩序を
保つべく努力するのです。従って、もし時効がなければ、国家社会は
未解決の罪の重荷によって、警察の機能は麻痺し、あらゆる面で弱体化し、崩壊するに至るでしょう。そして、時効なき裁判を求める「地球市民社会」も独善的な裁きと断罪によって自滅することになるでしょう。

神の法廷がある
 不当な迫害を受けて傷ついた人、死んだ人に対して、
この世界での正当な裁判が行われなかった場合には、
神の法廷が天において設けられます。
 例えば、カインに殺された弟のアベルの血が土の中から神に対して
正当な裁きを訴えましたが、それに応えて神は正しい裁きを下されました(創世記4:16)。
*「それだから、わたしは、預言者、知者、律法学者たちをあなたがたにつかわすが、そのうちのある者を殺し、また十字架につけ、そのある者を会堂でむち打ち、また町から町へと迫害して行くであろう。こうして義人アベルの血から聖所と祭壇との間であなたがたが殺したバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上に流された義人の血の報いが、ことごとくあなたがたに及ぶであろう。よく言っておく。これらのことの報いは、みな今の時代に及ぶであろう」と主イエス様は言われました。(マタイ23:34〜36)。 これらは、、歴史の中での神の審判ですが、最後に歴史の終わりの審判が行われます。
* 「また見ていると、大きな白い御座があり、そこにいますかたがあった。天も地も御顔の前から逃げ去って、あとかたもなくなった。また、
死んでいた者が、大いなる者も小さな者も共に御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に
書かれていることにしたがってさばかれた。海はその中にいる死人を
出し、死も黄泉もその中にいる死人を出し、そしておのおのそのしわざに応じて、さばきを受けた。それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。このいのちの書に名が記されていない者はみな、火の池に投げ込まれた」(ヨハネ黙示録20:11〜15)。
 以上の聖書の証言によれば、この世で行われたすべての人の悪行が神の法廷で裁かれて、この歴史の中で断罪と処罰とを与えられます。
そしてまた、歴史の終末にはキリストによる最後の大審判が行われて、既に死んだ人の霊魂もそれをまぬがれることはできないのです。
 それゆえ、わたしたち人間は地上で永久に人の罪や国家の罪を追及
して正しい裁判を行うといった野望を捨てて、天地万物の主なる神の
正しい裁きに全てをゆだねることが神を畏れる道だと知るべきです。

結 論
 以上の理由から、この歴史の中における人間の裁判には時効が必要であると結論づけたいと思います。
 もちろん、戦時中に軍の慰安婦となった人たちの受けた不当な虐待や悲惨な苦しみは察するに余りあるものだと思います。私たちは被害者に対する同情を禁じ得ないと同時に神様からの憐れみと報いとが彼らに
充分に与えられるように祈ります。
 更に確認しておきたいことは、日本の戦争責任を追及する人々が日本人の中から出ているということです。これは反体制運動の一環であって、「慰安婦問題」を格好の材料と見て日本国家を糾弾する理由として使いはじめたわけです。はじめに述べた東京裁判の論法は、戦争責任は
あげて一握りの支配階級である天皇制軍国主義者にあり、大部分の
国民はその被害者であるとするものです。この悪玉である支配階級を
時効なく永久に断罪するのが善玉である反体制運動家の使命であると信じる人々が今だに日本国家を内部から告発してやまないのです。
 私たちは日本を独立した主権国家として再建するためにはこうした
反体制運動家に乗せられることなく賢明な洞察力をもって戦争責任の
問題に対処して行きたいと思います。                 以上

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