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                                        2015/06/7の礼拝説教
  とりなしの祈り

   第一テモテ2:1〜3
   
                   皆川尚一牧師
 そこで、まず第一に勧める。すべての人のために、王たちと上に立っているすべての人々のために、願いと、祈りと、とりなしと、感謝とをささげなさい。それはわたしたちが゜、安らかで静かな一生を、真に信心深くまた謹厳に過ごすためである。これは、わたしたちの救い主である神のみまえに良いことであり、また、みこころにかなうことである(第一テモテ2:1〜3)。

祈りの特権

 パウロは、すべての人のために、そして特に王たちと上に立っているすべての人々のために祈ることを勧めています。祈ることが出来るのはクリスチャンの特権です。わたしたちがクリスチャンになる前にも祈り心はありました。太陽に祈る。三日月に祈る。神社・仏閣や神棚・仏壇に祈る。ご先祖様に祈る。お地蔵さんに祈る等、日本人は色々なものに祈ることは知っていました。しかし、宇宙万物の創造主であり、生みの親である神様に向かって、愛されている神の子として祈るということは、イエス・キリストを信じて罪を赦されて初めて出来るようになったのです。
 天からこの世に降ってこられた神の独り子イエス・キリスト様は、天のお父様に親しく祈っておられましたから、キリストの弟子達も「わたしたちに祈り方を教えて下さい」とお願いしました。そして、教えられたのが有名な「主の祈り」です。原文は《マタイ6:9〜13》、《ルカ11:2〜4》にあります。マタイの方では、「天にいますわれらの父よ」となっていますが、ルカの方ではただ、「父よ」となっています。イエス様は「アバ」と呼んで祈りました。「アバ」とは赤ちゃん言葉で「おとうちゃん」とか「パパ」とか言うのと同じです。宇宙よりも偉大な神様のふところに抱かれているイエス様ですから、「アバ」と呼べたのだと思います。そして、聖霊で満たされるとクリスチャンも腹の底から「アバ!」という叫びが出てくるのです。つまり、宇宙よりも偉大な神様のふところに抱かれて「アバ、お父ちゃん」と呼んで祈ることができるのは神の子の特権なのです。

とりなしの祈り
 これはわたしたちが神と人との間をとりなす祭司としての役割を与えられたことを意味しています。家族や友人・知人、見知らぬ人のために神の助けと救いと幸せを祈る務めです。又、ここには特に
 「王たちと上に立っているすべての人々のために、願いと、祈りと、とりなしと、感謝とをささげなさい。それはわたしたちが゜、安らかで静かな一生を、真に信心深くまた謹厳に過ごすためである」
とあります。日本国であれば、天皇陛下や安倍首相のために祈れということです。国家社会の秩序と権威とは人間が勝手に作り出したものではなく、万人の幸福と安寧のために神様が与えた権威なのだからです。
 「すべての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである。したがって、権威に逆らう者は、神の定めにそむく者である。そむく者は自分の身にさばきを招くことになる。〜中略〜彼らは神に仕える者として、もっぱらこの務めに携わっているのである。あなたがたは、彼らすべてに対して義務を果たしなさい。すなわち、貢を納むべき者には貢を納め、税を納むべき者には税を納め、恐るべき者は恐れ、敬うべき者は敬いなさい」(ローマ13:1〜7)
 このように、たとい上に立つ者がクリスチャンでなくても、尊敬できる立派な人物でなくても、その地位と役割とを神様から受けた権威と認めて敬い、それらの人々の幸福や良い働きのために神様の助けを祈るのです。これはローマ帝国の中でキリスト教が迫害されていたにもかかわらず、ローマ皇帝や長官たちのためにとりなして祈ったのです。又、たといその政治に不満があったとしても、クリスチャンは暴動を起こすべきではないと教父オリゲネスは戒めています。初代キリスト教会は迫害を甘んじて受けて邪悪な皇帝や長官たちのために神の憐みと救いとを祈ったのです。西暦紀元313年にローマ帝国の皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を国教として受け入れ、300年に及ぶ激しい迫害が終わってのちも、国家社会のために祈ることはますます盛んになりました。「御心が天に成るごとく、地にも成させたまえ」と祈ったのです。

日本のとりなし運動
 では現代の日本のキリスト教会はどうでしょうか。わたしの歩みを振り返ってみたいと思います。わたしは戦争中クリスチャンになって、日本の国が天皇陛下を初め全国民がキリストを信じて救われるようにと祈るようになりました。戦後1965年頃文部省の発表ではキリスト教徒は約100万人、キリスト教賛同者約1000万人となっているということでした。わたしは戦中は天皇陛下を大日本帝国の元首として尊敬していましたが、「天皇とキリストとどちらが偉いか」などと級友たちから質問されたり、嫌がらせを受けたりしましたから、戦後は「もう天皇は要らない」と思いました。

もう天皇は要らない
日本は民主主義・社会主義の国として生まれ変わるべきだと思い、神学生の頃からキリスト者平和の会に加入して、平和憲法を守り、再軍備に反対し、1960年の日米安保条約締結反対闘争に参加しました。丁度この相模原で開拓伝道を開始した頃です。相模キリスト者平和の会を結成して相模原市と町田市の公民館で講演会を開き、平和憲法の意義を説いて回りました。それから原水爆禁止運動に参加しましたが、共産党と社会党に分裂し、マルクス主義の持っている危険性に気づきはじめました。日本のキリスト教会は共産主義は暴力革命を主張するから危険だが、社会主義は穏健だから日本が社会主義国になることを目指すという牧師たち、信徒たちが圧倒的に多かったし、わたしもそのひとりでした。

聖霊のバプテスマ
ところが1966年11月12日に私に聖霊が降ってから、神様の御心は社会主義改革ではなく、霊魂の救いであることがハッキリとわかったのです。そして、1976年にキリスト福音宣教会の林実宣教師の招きでヨーロッパ各国での聖霊の働きを視察し、ドイツのマリヤ福音姉妹会でのリトリートに参加して、共産主義・社会主義は羊の皮を被ったオオカミであることを知りました。そして、日本に帰国後、日本のためのとりなし運動を始めたのです。この運動を通して祈りの課題と解説を載せた機関紙を発行し、全国のとりなし者に配布するのです。その委員会で宣教師から提案があり、「天皇陛下のために祈ろう」という課題を掲げることになりました。わたしはそれから「日本国にとって天皇とはどういう存在なのか」を徹底的に研究することになりました。

大嘗祭を境目とし
そして、1989年昭和天皇崩御と皇太子明仁親王即位の大嘗祭を境目として、日本国にとって天皇陛下はなくてならぬ存在なのだと確信するに至ったのです。敗戦後連合国は日本を解体してマルクス主義・民主主義の国とするために平和憲法を掲げさせ、これに同調する左翼学者・思想家たちが今日までの日本を引っ張って来ました。しかし、日本の伝統は天皇を中心として万世一系の国家を築いてきたのです。それは偶像礼拝によってではなく、宇宙万物の生みの親である唯一絶対の神を父として、先祖として拝む信仰であって、聖書の神様と同じなのです。ですから、皆さん、わたしたちはこの日本国が祝福され、世界全体が一つの家のように祝福されるよに、とりなしの祈りをささげて行こうではありませんか。アーメン                 
次回予告 15.06.21  全ての人の救い(第一テモテ2:4〜7)


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