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                                        2015/05/3の礼拝説教
  恵み、憐み、平安

   Tテモテ1:2
   
                   皆川尚一牧師
 父なる神とわたしたちの主キリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とが、あなたにあるように(コロサイ1:2)。

神の恵みから全ては始まる

 今、パウロは信仰による真実な息子テモテに神の祝福があるように祈っています。それはただ「神の祝福があるように」ではなく、「父なる神とわたしたちの主キリスト・イエスからの恵みとあわれみと平安があるように」と祈っているのです。これはただの挨拶ではありません。聖霊によって、テモテが神の恵みとあわれみと平安で満たされ、支えられ、新しくされ、ダイナミックに活かされて行くようにとの熱い願いを注ぎだしているのです。
 先ず、「神の恵み」とは何でしょうか。「わたしは有る」とモーセに自己啓示をされた神様は、ご自身の中から光を生みだし、天界を生みだし、宇宙万物を生みだし、地球の上にあらゆる生物や人間を生み出されました。そして、「すべて善し」と、肯定し、祝福されました。人間は神から生まれた神の子として、神に似た神性を与えられており、天地万物を祝福し、管理する使命を与えられました。これが基本的な神の恵みです。
 明治中期の詩人武島羽衣作詞、田中穂積作曲
    「美しき天然」
  空にさえずる鳥の声
  峰よりお落つる滝の音
  大波小波とうとうと
  響き絶えせぬ海の音
     聞けや人々面白き
     この天然の音楽を
     調べ自在に弾きたもう
     神の御手の尊しや

  春は桜のあや衣
  秋はもみじの唐錦
  夏は涼しき月の絹
  冬は真白き雪の布
     見よや人々美しき
     この天然の織物を
     手際見事に織りたもう
     神のたくみの尊しや
 こういう自然界を造ってわたしたちを喜ばせて下さる神の恵みは全く無私の愛から出たものです。
 あなたもわたしも神の恵みを頂いてこの世に生まれてきました。その目的は神から与えられた使命をこの世で達成することです。

神のあわれみで人は生きる
 ダビテは自然界に現れた神の秩序と人間の罪について歌っています。
    《詩篇19:7〜12》
 「主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、
 主のあかしは確かであって、無学な者を賢くする。
 主のさとしは正しくて、心を喜ばせ、
 主の戒めはまじりなくて、眼を明かにする。
 主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、
 主のさばきは真実であって、ことごとくただしい。
 これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、
 また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。
 あなたのしもべは、これらによって戒めを受ける。
 これらを守れば大いなる報いがある。
 だれが自分の過ちを知ることができましょうか。
 どうか、わたしを隠れたとがから解き放って下さい」 
 わたしたちは神の恵みを感謝し、讃美すると同時に、自分の弱さや罪、咎、過ちを思い、救われることを切に求めるものです。
それゆえ神様は御子イエス・キリスト様をこの世に下して、十字架の贖いの道を開いて、わたしたちを招いて下さいます。主の憐みは豊かですから、罪も咎もあるまま、ありのままの状態で「赦して下さい」と神様の御ふところの中に投身すればよいのです。

聖霊による平安
 主の憐みは天地に満ち満ちています。罪の赦しと永遠の命を頂けば、何も恐ろしいものはありません。神様は、「それでよし、それでよし」と放蕩息子が帰ってきたように喜んで、天国を挙げて迎えてくれるのです。
 昭和46年2月27日に天に召された神尾貞子さんは、紫斑病を患っておられましたが、真夜中の臨終の床で遺言を書き残されました。
 「讃美歌520番」
 静けき河の岸辺を過ぎ行くときにも、
 憂き悩みの荒海を渡りゆくときにも、
 心やすし、神によりて安し
 ことばに表すことのできない主の平安」と。
どうか、わたしたちも神の恵みとあわれみと聖霊による平安で満たされて昼も夜も生きて行こうではありませんか。アーメン
次回予告 15.05.10  愛を生む信仰(第一テモテ1:3〜5)


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