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                                        2015/08/30の礼拝説教
  牧師を尊重する

   第一テモテ5:17〜25               皆川尚一牧師
   よい指導をしている長老、特に宣教と教とのために労している長老は、二倍の尊敬を受けるにふさわしい者である。聖書は「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」また「働き人がその報酬を受けるのは当然である」と言っている。長老に対する訴訟は、ふたりか三人の証人がない場合には、受理してはならない。罪を犯した者に対しては、ほかの人々も恐れをいだくに至るために、すべての人の前でその罪をとがむべきである。わたしは、神とキリスト・イエスと選ばれた御使たちとの前で、おごそかにあなたに命じる。これらのことを偏見なしに守り、何事についても、不公平な仕方をしてはならない。軽々しく人に手をおいてはならない。また、ほかの人の罪に加わってはいけない。自分をきよく守りなさい。(これからは、水ばかりを飲まないで、胃のため、また、たびたびのいたみを和らげるために、少量のぶどう酒を用いなさい。)ある人の罪は明白であって、すぐ裁判にかけられるが、ほかの人の罪は、あとになってわかって来る。それと同じく、良いわざもすぐ明らかになり、そうならない場合でも、隠れていることはあり得ない(第一テモテ5:17〜25)。

牧師を尊重する

 ここにキリスト教会の秩序が書いてあります。教会は牧師の私有物でもなければ、信徒の交わりを楽しむだけのクラブでもありません。天地創造の主であり、お父様である全知全能の神様を崇め、礼拝し、神の家族としての兄弟姉妹が信仰と愛と希望の生活を養われる霊の共同体なのです。そこには神の秩序があります。この世の言い方で言えば、先ず、基本的神権を持った神様、次に神様から生まれた基本的神権を持ったイエス・キリスト様、そして、神様から生まれた基本的神権を持った牧師たち、次に神様から生まれた基本的神権をもった信徒たちです。この世の民主主義では人間一人びとりに基本的人権があると言いますが、そうではなくて、基本的神権があるのです。言い換えれば人はみな神の子なのです。みんな尊いのです。
 しかし、そこには秩序があります。先ず、天の父なる神様、それに従うイエス・キリスト様、それに従う牧師、それに従う信徒という順序です。その中で牧師とは自分勝手になれるものではなく、神から牧師の召命を受けた人だけが先任牧師による按手礼によって牧師に任職されるのです。
按手礼とは頭に手を置いて聖霊の権威を授ける儀式を言います。従って牧師はキリスト様の代理としての尊い身分を持つ者ですから尊重されるのです。
 
どのように尊重するのか
 ここまでは牧師についての予備知識で、次に牧師をどのように尊重するのかを学びましょう。
 第一は、牧師に対する報酬の問題です。第17節から18節を見て下さい。
 「よい指導をしている長老、特に宣教と教とのために労している長老は、二倍の尊敬を受けるにふさわしい者である。聖書は「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」(申命記25:4)また「働き人がその報酬を受けるのは当然である」(ルカ10:7)と言っている(17〜18節)」。
 長老派の教会で牧師のことを宣教長老と呼ぶのはここから来ています。牧師は神の言葉を宣べ伝えて伝道し、信徒を神の言葉で養います。つまり神様の代理ですから尊ばれます。ここに「二倍の尊敬」とあるのは、一般の人々のもらう給料の二倍の給料を謝儀として受けるに相応しい職務だと言う意味です。
 第二は、牧師に対する訴訟の問題です。第19節から22節を見て下さい。
 {長老に対する訴訟は、ふたりか三人の証人がない場合には、受理してはならない。罪を犯した者に対しては、ほかの人々も恐れをいだくに至るために、すべての人の前でその罪をとがむべきである。わたしは、神とキリスト・イエスと選ばれた御使たちとの前で、おごそかにあなたに命じる。これらのことを偏見なしに守り、何事についても、不公平な仕方をしてはならない。軽々しく人に手をおいてはならない。また、ほかの人の罪に加わってはいけない。自分をきよく守りなさい」(19〜22節)。
 誰かが牧師を非難したからと言って直ぐに役員会で採り上げたり、総会で審議したりしてはなりません。訴える人のほかに、2人または3人の証人が必要です。うわさや憶測だけでなく、確かな証拠があって初めて採り上げられるべきです。そもそも神の召命によって立てられた聖職者を裁くことができるのは、人ではなく神様だけであります。また、罪を犯した人に対しては会衆の前でその罪を公表すべきである。なぜならほかの人々が神を汚すことの結果を見て恐れを抱くようになるためです。つまり自分はああいうことをしないようにしようと自らを戒めるための見せしめとするわけです。
 
某教会での野心家Aの実例
 そこでわたしは最近ある教会で起こった実例をお話ししたいと思います。ある教会に90歳近い老齢の牧師先生がいて酷暑の夏の暑さのためにひどく弱ってこられました。するとその牧師を支えていた会計役員の兄弟がほかに誰もいないのを見澄まして言いました、「先生、あのうーー僕の頭にちょっと手を置いてくれませんか、そうすれば先生に万一のことがあった時、僕が洗礼や聖餐を授けて、みんなを導くことが出来ますから」と。牧師は言いました、「あなたは神様から牧師の召命を受けていますか? 召命を受けていない者にわたしは軽々しく按手礼を授けることはしません」と。牧師には直ぐわかったのです。《この男は牧師に代わって宗教法人を乗っ取る野心を持っている》と。は牧師を深く恨みました。
 次には7月5日の役員会に「牧師は贅沢な生活をしている。もっと倹約すべきだ。普通に暮らせば今の謝儀で10万円は残るはずだ。誰かに送金しているのではないか。支出の内容を全部説明すべきだ。牧師館の費用は全部牧師が支払うべきだ。」と訴えました。また彼の妹のを巻き込んで牧師の送金の行方を探らせました。牧師は、「これは牧師のプライバシーを犯す要求だけれども、あなた方の疑いを晴らすために敢えて自らの生計を説明しよう」と言って、月額謝儀15万円と国民年金5万円の他に貯金はゼロだと明らかにしました。後は牧師の健康を心配して栄養剤を何年にも亘って立て替え払いしてくれた人に対して借金を毎月少しづつ返していると。この説明には反論できませんでした。牧師は言いました。「自分の勝手な憶測で神の人のプライバシーを犯して貶める事は罪です。あなたは他の牧師先生が株で大儲けをして自分にも株を買ったらどうかと勧めたという偽りの宣伝をしているが、事実無根です。牧師のプライバシーを犯すことは赦されませんよ」と警告して役員会は終りました。
 これに対して7月21日に主イエス様は牧師に命じましたね「は骨の中の腐れである。速やかに教会から追放しなさい」と。牧師はただちにこの命令を実行に移し、「主の御言によりを除名追放する。今月中に荷物をまとめて教会から退去しなさい」と命じました。
 これを聞いては真心から悔い改めましたがは悔い改めませんでした。牧師はの悔い改めを確かめるために、しばらく他の教会に通うことを勧めましたが、イエス様は牧師に命じました。「鉄は熱いうちに打て、鉄は熱いうちに打て、鉄は熱いうちに打て。わたしは彼女の従順を愛でる。受けいれてやりなさい」と。牧師はそれを姉妹に伝え、直ちに彼女を教会に受け入れました。第24節〜25節を見て下さい。
 「ある人の罪は明白であって、すぐ裁判にかけられるが、ほかの人の罪は、あとになってわかって来る。それと同じく、良いわざもすぐ明らかになり、そうならない場合でも、隠れていることはあり得ない」(24〜25節)。
 皆さん、この実例でわかるように、神様は厳しく教会の秩序を守るお方で、従わない者には除名追放や死をも与えますが、真実に悔い改めた人には惜しみなく赦しを与える憐み深い天のお父様なのです。わたしたちは基本的神権をもった尊い神の子たちですから、神の秩序に従って立てられた牧師職を尊重し、その指導に従って楽しい教会を育て上げて行こうではありませんか。アーメン
 
次回予告
 15.09.06 奴隷の心得(第一テモテ6:1〜2)


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