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                                        2015/08/2の礼拝説教
  自分を訓練せよ

   第一テモテ4:6〜10               皆川尚一牧師
   これらのことを兄弟たちに教えるなら、あなたは、信仰の言葉とあなたの従ってきた良い教の言葉とに養われて、キリスト・イエスのよい奉仕者になるであろう。しかし、俗悪で愚にもつかない作り話は避けなさい。信心のために自分を訓練しなさい。からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる。これは確実で、そのまま受け入れるに足る言葉である。わたしたちは、このために労し苦しんでいる。それは、すべての人の救い主、特に信じる者たちの救い主なる生ける神に、望を置いてきたからである(第一テモテ4:6〜10)。

自分を訓練せよ

 使徒パウロはエペソ教会の長老テモテに対して、他人を教えるだけでなく、自分を訓練せよと教えています。他人に良い教を施しても、自分が実行していなくては話しになりません。ここで、パウロが勧める自己訓練とは、「信心のための訓練」です。
 「信心のために自分を訓練しなさい。からだの訓練は少しは益するところがあるが、信心は、今のいのちと後のいのちとが約束されてあるので、万事に益となる」(7〜8節)。

からだの訓練
 からだの訓練とは、ギリシャから始まったオリンピックで良く知られているように、運動競技の選手たちはみな自分の体を鍛えます。筋骨隆々たる肉体を鍛え上げるのにジムに通ったり、色々な方法を用いて毎日自己訓練をします。適切な栄養のある食べ物を摂ること、睡眠時間を確保すること、その他みなそれぞれに苦労して自分の体を鍛えます。その他、必勝を目指して、ちっとやそっとの失敗にもめげない不撓不屈の精神を養うこともあるでしょう。それらはわたしたちの信仰生活にも有益なものがあると思われますが、「今のいのち」、つまり現世でいかに良く生きるかに多少役立つだけで、来世のいのちには役立ちません。

信心の訓練

 一方、信心のための自己訓練は現世から来世に通じる永遠の命を養うのに役立つのですが、どういう訓練なのか内容が記されていません。そこでわたしはその初歩の訓練についてお話しいたいと思います。
 (1)信心(エウセベイア)を養う
 「信心」と訳されたギリシャ語「エウセベイア」は「敬虔な心」、「神を畏れる心」を意味します。天地万物の創造主であり、支配者である全知・全能の神様を「アバ(お父さん)」と呼ぶ時、全宇宙を超え、全宇宙に満ち満ちている偉大な聖霊である神様を想い、畏れかしこむ心を持つことです。
 (2)父なる神様の本質は「愛」です。その愛から御子イエス・キリストをこの世の救い主として天から送られたこと。御子の十字架の死と復活を通してわたしたちの罪は贖われ、赦されること。
 (3)その神様の愛のふところにあるがままの自分を献げ尽くして感謝すること。また、今も後も永遠に生かされている恵みを感謝すること。
 (4)祈を通して神様と合一することを求める。
   「主の祈り」をゆっくりと、一語、一語、一句、一句味わいながら唱えること。 自由な祈りを、言葉に表すこと。
 (5)心を澄ませて神様の語りかけるお言葉を待つ。
 祈りはこちらからの一方通行ではなく、神様との心と心、言葉と言葉の交流です。初めはなかなか神様のお言葉が心に感じられなくても、やがてはっきりと聞こえるようになります。それは心の思いに似ていますが、語りかけなのです。

 皆さん、今日はここまでにしたいと思います。祈りの自己訓練は一生続くものですから、毎日、気長に、やりましょう。もちろん、祈ることだけでなく、讃美歌を歌って、聖書を読んで、個人礼拝をするならば、もっともっと恵まれます。神様はあなたを愛しておられますから必ず、あなたに聖霊を満たして、あなたの祈りに応えて下さいます。お互いに励まし合って自己訓練に励もうではありませんか。
次回予告
 15.08.09  自分と人とを救え(第一テモテ4:11〜16)


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