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                                            2012/2/26の礼拝説教
頼もしい同伴者

出エジプト3:7〜12
Uコリント12:9
ヨハネ16:31〜33               皆川尚一牧師
神様は知っている
  主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。モーセは神に言った、
「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。神は言われた、「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたはこの山で神に仕えるであろう」(出エジプト3:7〜12)。

ここで神様がモーセに言われたお言葉は、第2章の終わりと内容は似ていますが、主体が違っています。第2章の終わりでは書いた人が主体で、「神様はイスラエルの息子たちの苦しみをしろしめした」と書いています。しかし、第3章のこの箇所では、神様が主体で、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、その叫びを聞き、その苦しみを知っている」と、モーセに語られるのです。人の苦痛を神様の苦痛として実感しているのです。  
  《イザヤ53:3》に、メシア(キリスト)は「悲しみの人で、病を知っていた」と預言されていますが、肉体をまとってこの世に降られたイエス・キリストは、人間の苦痛を神様の苦痛として実感し、これを救うために来て下さいました。神様は人間イエスの中におられました。  
  それと同じように、神様はこの地上に下って来るというのです。  
  「わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。  
  神様はモーセの中に宿り、モーセと一緒にエジプトに行こうと言っておられます。

神に抗弁する自由  
  しかし、モーセは神様に抗弁して言いました、「わたしは一体何者でしょうか? わたしが、こんなつまらない、無力なわたしが、強大な権力者であるエジプトのパロを動かしてイスラエル民族をエジプトから連れ出すなんて不可能です」。  
  しかし、神様は怒ることなく、モーセを説得するのです。  
  「わたしは必ずあなたと共にいる。これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたはこの山で神に仕えるであろう」。  
  神様は人間を奴隷かロボットのように扱う方ではありません。人間に向かって、「黙って従え」とか、「自分を抹殺せよ」とか、「自分を十字架につけて殺せ」とか強制される方ではありません。  
  神様はモーセを必要としておられ、モーセを尊重するがゆえに、忍耐強く、愛情こめて説得されるのです。勿論、主導権は神様にあります。神様はモーセをエジプトに派遣する計画を建てておられます。そして、モーセに与えられた賜物、能力を活かしたいと望まれます。それゆえ、モーセの同意が必要なのです。

頼もしい同伴者  
  モーセは神様が自分の同伴者となると言われたことの意味をなかなか悟れませんでした。「わたしは必ずあなたと共にいる。これがわたしのあなたをつかわしたしるしである」。神様が頼もしい同伴者であることは、ちゃんと目に見えるしるしを伴っています。イスラエル人にせよ、エジプト人にせよ、モーセが神の人であることを認めないで、馬鹿にしたり、無視したりするかもしれません。しかし、必ず、認めることになります。神の力、神の愛、神の知恵がその人から現れ出るからです。  
  イエス様は十字架の死の前夜、最後の晩餐の後で言われました、
「わたしはひとりでいるのではない。父がわたしと一緒におられるのである。これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」(ヨハネ福音書16:32〜33)。
  わたしたちも頼もしい同伴者であるイエス・キリスト様と一緒にこの世
に打ち勝って勇ましく生きようではありませんか。        アーメン

次回予告 12.3.4 わたしは有る(出エジプト3:13〜15)

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