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                                            2012/2/5の礼拝説教
逃亡者となる

出エジプト2:15〜22
使徒7:23〜29
ルカ13:31〜35                 皆川尚一牧師
逃亡者となる
  しかしモーセはパロの前をのがれて、ミデヤンの地に行き、井戸のかたわらに座していた。さて、ミデヤンの祭司に7人の娘があった。彼女たちはきて水をくみ、水槽にみたして父の羊の群れに飲ませようとしたが、羊飼たちがきて彼女らを追い払ったので、モーセは立ち上がって彼女たちを助け、その羊の群れに水を飲ませた。彼女たちが父リウエルのところに帰った時、父は言った、「きょうは、どうして、こんなに早く帰ってきたのか」。彼女たちは言った、「ひとりのエジプト人が、わたしたちを羊飼たちの手から助け出し、そのうえ、水をたくさんくんで、羊の群れに飲ませてくれたのです。彼は娘たちに言った、「そのかたはどこにおられるか。なぜ、そのかたをおいてきたのか、呼んできて、食事をさしあげなさい」。モーセがこの人と共におることを好んだので、彼は娘のチッポラを妻としてモーセに与えた。彼女が男の子を産んだので、モーセはその名をゲルショムと名づけた。「わたしは外国に寄留者となっている」と言ったからである」(出エジプト3:15〜22)。

  初めに、「しかしモーセはパロの前をのがれて、ミデヤンの地に行き」 とありますが、この短い一句の中に多くの事柄がふくまれています。  
  モーセはパロに殺されることを恐れて逃亡者となりました。ところが、「十戒」という映画では、逃亡する前にエジプト兵に捕まってパロの前に引き出され、「反逆罪で荒野に追放する」と宣告されます。パロはモーセの縄や鎖を解いて、ヘブル人の服装で旅仕度をさせ、戦車に乗せてシナイの荒野の近くまで行き、僅か1日分のパンと水と杖とを持たせて追放したことになっています。

  また、別の「新出エジプト物語」という映画では、モーセは奴隷の仲間になって働いたりせず、エジプトの王子としての服装と、その懐の中に首から王子の紋章を下げたままで、ヘブル人を虐待していたエジプト人の労働監督を殺し、身の危険を感じて荒野に逃亡することになっています。 これは、逃亡の果てに辿りついたミデアンで、最初はモーセがエジプト人と見られていたことと符号します。もしかしたらモーセは10日分位のパンと水とを急いで用意して旅立ったのかも知れません。  
  というのは、エジプトのゴセンからシナイ半島を横断してミデアンまで行く道のりは、南廻りの直線距離で約450kmです。人が一日に歩くことが出来る距離を40kmとすると、少なくとも約11日はかかることになります。従って、僅か一日分のパンと水では、生き残ることは出来ません。この450kmの道のりは、日本で言えば、直線距離で、この相模原市から岩手県の水沢市くらいまでの距離となるでしょう。

逃亡者の不安と苦悩  
  モーセはシナイ半島の西側を南下して行きましたが、逃亡者の不安と砂漠を越えて行く旅の苦悩はいかばかりであったか、はかり知れません。昼間は砂漠の太陽が焼けるように照りつけますし、夜は陽が落ちると恐ろしく冷え込んできます。「ヒュー、ヒュー」荒野を渡る風の声は気味悪い調べを奏でます。追っ手がいつ襲い掛かるかもしれません。また、荒野に住む野獣がやってくるかも知れません。注意深く耳をそばだて、目を見張って警戒しながら進まねばなりません。そういう昼と夜とを重ねて、やっと、ミデアンの地にたどりついたのです。モーセが井戸のかたわらに座していたということは、井戸の水を飲んで渇きを癒し、元気をとりもどしていたことを意味します。

寄留者となる  
  さて、ミデアンの祭司リウエルには7人の娘がいました。この地に住むミデアン人は、イシマエル人とも言います。つまり先祖はイスラエル人と同じで、アブラハムです。アブラハムの子はイサクのほかに、第二夫人ハガルに産ませたイシマエルがおりました。ハガルとイシマエルとは荒野に追放されてミデアンから東のアラビア半島にかけて広がり、イシマエル族となって栄えました。

  そのイシマエル族の祭司リウエル(別名エテロ)の7人の娘が羊を連れて来て水を汲み、水槽に満たして、羊の群れに水を飲ませようとした時、他の部族の羊飼たちがきて力ずくで彼女たちを追い払いました。すると、モーセが立ち上がって、映画「十戒」では、モーセが杖を振るって羊飼たちを追い払うのですが、映画「新エジプト物語」では、モーセが進み出て懐の中からエジプト王子の紋章を見せ、「わたしはこの近くまでエジプト軍を率いてきている。暴力を振るうのをやめて立ち去れ」と命令します。すると羊飼たちはびっくりして一目散に逃げて行くのです。こうして、モーセはリウエルの天幕に迎えられて夕食をいただき、自分がエジプト人ではなく、イスラエル人であり、逃亡者となってこの地に辿り着いたことを明かします。やがて、モーセはリウエルの家族となってこの地に寄留する決心をし、リウエルの長女チッポラ(小鳥の意)を妻とし、生まれた長男を「ゲルショム」と名づけました。ゲルショムとは「寄留者」という意味です。

鳴かず飛ばず40年  
  ミデアンの寄留者として、羊飼となり40年の歳月が過ぎ去ります。鳴かず、飛ばずの40年はモーセにとって有意義な年月であったと言えるでしょう。自分の知恵や才能を誇ってすべてを支配する権力者のプライドは粉々に打ち砕かれ、無力なただの人であるという謙虚な意識を持ち、
日々の平安を感謝して生きる人に生まれ変わったのです。  
  芭蕉の句に、
    すみれほど 小さき人に 生まれたし
というのがありますが、モーセがそのような人に生まれ変わるために40年かかったとも言えるでしょう。彼がそのような人になった時に、初めて
イスラエル民族の解放者として立てという神の召命が下ります。わたしたちも、一見、不幸とも不運とも見える境遇の中に神様の深い愛と知恵と
が隠されていることを覚えて主をほめたたえようではありませんか。
                                      アーメン
次回予告 12.2.12 神は忘れない(出エジプト2:23〜25)

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