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                                            2013/2/24の礼拝説教
あり余る献げ物

出エジプト36:2〜7
Uコリント9:6〜11
ヨハネ6:1〜14               皆川尚一牧師
 そこで、モーセはベザレルとアホリアブおよびすべて心に知恵のある者、すなわち、その心に主が知恵を授けられた者、またきて、その工事をなそうと心に望むすべての者を召し寄せた。彼らは聖所の組み立ての工事をするために、イスラエルの人々が携えてきたもろもろのささげ物を、モーセから受け取ったが、民はなおも朝ごとに、自発のささげ物を彼のもとに携えてきた。そこで聖所のもろもろの工事をする賢い人々はみな、おのおのしていた工事をやめて、モーセに言った「民があまりに多く携えて来るので、主がせよと命じられた組み立ての工事には余ります」。モーセは命令を発し、宿営中にふれさせて言った、「男も女も、もはや聖所のために、ささげ物をするに及ばない」。それで民は携えて来ることをやめた。材料はすべての工事をするのにじゅうぶんでかつ余るからである(出エジプト36:2〜7)。

あり余る献げ物
  これはすばらしいニュースです。民が自発的に持ってくる金・銀・宝石・木材・色々な織物・色々な織り糸の材料等の献げ物が多すぎてあり余るほどになったから、「もう献げるには及ばない」と断わったというのです。それは神様の愛にみんなが感謝して、自発的にわれもわれもと捧げたからだと思います。

余りは12かご
 新約聖書でも同じように神の恵みが現れました。《ヨハネ6:1〜14》を見て下さい。ガリラヤの祝福の山でイエス様が1万人位はいた老若男女の人々にパンと魚を食べさせたことが記されています。イエス様も群衆もお話に夢中になって夕食のことを忘れていました。ふと、それに気づいたイエス様は1人の子供が捧げた五つのパンと二匹の干し魚を喜んで受け取って、それを高く天に捧げて感謝して、裂いて弟子たちに配らせました。すると全部の人が満腹するほど食べただけでなく、パンの余りが12のかごに山盛りになったと書いてあります。多分、余ったパンはイエス様と弟子たちの次の食事に役立てられたのでしよう。

 イエス様は「いつもわたしの祈りを聞いて下さって感謝致します。また、このパンと魚が増やされてみんなが満腹できるようになることを感謝致します」と天のお父様にお祈りしてからパンと魚とを裂いて与えると、裂くそばからどんどん増えました。「こんな僅かな物では足りない」というマイナス思考では増えなかったでしょう。感謝、感謝で行くとあり余るほど増えて行きます。
 
相模大野教会の証し
 わたしたちの教会もそうでした。1966年最初の伝道所の土地建物購入はわずか20名の教会員で130万円の目標額を掲げましたが、102万円で購入出来、28万円余りました。そこでそれを元にして3年後に最初の教会堂を建てたらまた余りました。それから5年後に今の教会堂を建てましたが、銀行から借りた1千万円の借金が残り、内部紛争で教会員は三分の一に減りました。毎月の銀行返済金の支払いは到底不可能に見えましたが、次々と人が増えて毎月滞りなく返済できたのです。そして、6年後には牧師館を建設することができました。これは皆さんから強制募金したからではなく、神様の恵みに対する感謝、感謝の積み重ねでそうなったのです。
 今年の教会標語は「すべてを感謝」ですが、これまで頂いた恵みを感謝して、自分の気持を献げて行けば、あり余るほどの恵みがあなたに注がれて来るに違いありません。
                                    アーメン
次回予告 13.3.3  主の命に忠実(出エジプト39:42〜43)

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