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                                            2013/2/3の礼拝説教
悪霊のわな

出エジプト34:11〜17
Tコリント10:20〜22
マタイ8:14〜17               皆川尚一牧師

  「わたしが、きょう、あなたに命じることを守りなさい。見よ、わたしはアモリびと、カナンびと、ヘテびと、ペリジぴと、ヒビびと、エブスびとを、あなたの前から追い払うであろう。あなたが行く国に住んでいる者と、契約を結ばないように、気をつけなければならない。おそらく彼らはあなたのうちにあって、わなとなるであろう。むしろあなたがたは、彼らの祭壇を倒し、石の柱を砕き、アシラ像を切り倒さなければならない。あなたは他の神を拝んではならない。主はその名を『ねたみ』と言って、ねたむ神だからである。おそらくあなたはその国に住む者と契約を結び、彼らの神々を慕って姦淫を行い、その神々に犠牲をささげ、招かれて彼らの犠牲を食べ、またその娘たちを、あなたのむすこたちにめとり、その娘たちが自分たちの神々を慕って姦淫を行い、また、あなたのむすこたちをして、彼らの神々を慕わせ、姦淫を行わせるに至るであろう。あなたは自分のために鋳物の神々を造ってはならない(出エジプト34:11〜17)。

異教徒追放
 主はモーセとイスラエルの行く手に住んでいる異教徒を追い払うと言われます。目的地のカナンにはアモリ人、カナン人、ヘテ人、ベリジ人、ヒビ人、エブス人等の強い民族が住んでいました。そしてそれぞれ異なった神々を拝んで独特の宗教生活を営んでいました。つまり彼らは自分たちの神との契約を結んでいたのです。そこへ移住するイスラエル民族は天地創造の神ヤーウェと契約を結んでいましたから、平和共存が出来なかったのです。むしろ彼らの祭壇を倒し、偶像である石の柱を壊し、木のアシラ像を切り倒せと命じられました。なぜなら天地万物の主ヤーウェは「ねたむ神」だから、純粋にただヤーウェ様だけに仕えることを望まれるからです。一見、随分心の狭い神様だと考えたくなるかも知れませんが、実際的な理由が次に書いてあります。

悪霊のわな
 15節以下を見て下さい。
 「おそらくあなたはその国に住む者と契約を結び、彼らの神々を慕って姦淫を行い、その神々に犠牲をささげ、招かれて彼らの犠牲を食べ、またその娘たちを、あなたのむすこたちにめとり、その娘たちが自分たちの神々を慕って姦淫を行い、また、あなたのむすこたちをして、彼らの神々を慕わせ、姦淫を行わせるに至るであろう」。
 もしも彼らと平和共存したならば、先ず、仲良く暮らす条件を定めた契約を結ぶことになる。すると宗教生活での交流が始まる。お互いに相手の神々を拝み、祭壇に捧げた生贄のお下がりを共に食べることになる。それよって、バアル、モロク、アシラ、アナク、ダゴン、イシュタル等の悪霊たちと交わることになる。すると、乳幼児を焼いて偶像に捧げたり、神殿娼婦と交わるような性の乱交などの悪習が這入りこむことになるわけです。これは宗教的な姦淫であるから彼らと契約を結んではならないと主は戒められました。

日本の実例
 日本では、一般の神社は契約を結んだりしないので心配はないと思いますが、新興宗教や拝み屋と呼ばれる霊媒師には危険なものが多いです。その実例としては、今から30年ほど前、津久井の教会の宣教師さんが一事帰国されて、ご不在の時、そこのある女性信徒から母親が狂ったので来てほしいと頼まれました。車を飛ばして行って見ると、確かに変でした。その母親はわたしを見るとニタニタ笑って、「皆川先生、どうして来たんですか?」と、ヘビのように体をくねらせて色目を使うのです。わたしは娘さんに「どうしてこうなったのですか?」と尋ねると、「母は近所に住んでいる拝み屋のお婆さんに何でも相談して祈ってもらうのです。この間、宝くじで一等が当るように拝んでもらったところ、八王子の街角にある宝くじ売り場に行けというお告げがあったので、そこに行って買ったら一等の100万円が当たりました。そのうち30万円で新品のオルガンを買って教会に献品しました。それから残りの70万円で色々ほしいものを買いました。ところがこんなことになってしまったのです。教会にちゃんと献げたのに可笑しくなるなんて変ではありませんか」という話でした。悪霊はいうことを聞く人に乗り移って、人を狂わせるのです。本人が悪霊との絆を断ち切ると決意しない限り、追い出してもまたその人の中にもどって来ます。わたしが母親から悪霊を追い出すと、母親は正気にもどります。しかし、こんどは娘さんに乗り移って同じ状態になる。娘さんから追い出すと、悪霊は母親に乗り換える。困惑していた時、父親が帰ってきて、「何してるんだ?!」と怒鳴ったので、悪霊の悪さは終わりました。その時は未だわたしが経験不足だったので、悪霊の追い出しをやめて帰宅しました。
 
 クリスチャンでありながら、何か困ったことに出会うと拝み屋のお告げに頼る人々がいます。これは非常に危険なことです。悪霊のわなにはまってはなりません。ひたすら、主イエス様に寄り頼む祈りによって解決を求めて行こうではありませんか。
                                    アーメン 
次回予告 13.2.10  主の光を受ける(出エジプト34:29〜35)

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