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                                            2013/1/27の礼拝説教
主の奇跡

出エジプト34:10
Tコリント2:1〜5
ヨハネ3:1〜3               皆川尚一牧師
 主は言われた、「見よ、わたしは契約を結ぶ。わたしは地のいずこにも、いかなる民のうちにも、いまだ行われたことのない不思議を、あなたのすべての民の前に行うであろう。あなたが共に住む民はみな、主のわざを見るであろう。わたしがあなたのためになそうとすることは、恐るべきものだからである(出エジプト34:10)。

奇跡の契約
 主はモーセと契約を結ぶと言われました。どんな契約かというと、モーセとイスラエルの民を攻撃する敵に対して、前代未聞の驚くべき「不思議」(ニフラーオース)を行って助けるという契約です。この「不思議」とは「奇跡」のことで、新約聖書では「しるし」と書いてあります。これは天地万物の創造主である神様がモーセとイスラエルを守っているというしるしなのです。

神風が吹く
 ではどんな奇跡を起こされたかというと、ヨルダン川の東に頑張っていたオグとシホンという2人の王たちを滅ぼしたこと、ヨルダン川を堰き止めてヨシュアとイスラエル人を渡らせたこと、エリコの城壁の周りを7回まわってラッパを吹き、勝どきをあげたら2重の城壁が崩れたこと等です。
 日本人の場合は、「いざと言う時には神風が吹く」と信じられて来ました。つまり、奇跡が起こるということです。これは日本は神の国だから神の助けがあるという信仰です。北条時宗の時代にシナ大陸から二度に亘り、10万余の元の軍勢が北九州に攻めてきた時、二度とも神風が吹いて彼らを滅ぼしました。しかし、神風が期待されていたのに吹かなかった場合もあります。信じない人は笑いますが、笑ってはいけません。奇跡をもって助けるかどうかは、神様のご判断によるからです。大切なことは、いざというときには神の助けがあると信じることです。

主イエスの奇跡
 イエス様の説教は、「時は満ちた、神のご支配は今ここに来ている。悔い改めてこの福音を信じなさい」というメッセージでした。そして、神のご支配が今ここに来ているしるしとして、奇跡を行ったのです。水をぶどう酒に変えたり、中風の病人を癒したり、悪霊を追い出したり、嵐を静めたりされました。《ヨハネ福音書3:1〜3》によれば、イスラエルの指導者のニコデモがイエス様を神が遣わされたキリストではないかと思って訪ねてきたのは、イエス様の行った奇跡を見たからです。

パウロの宣教
 使徒パウロの宣教もそうでした。《Tコリント2:1〜5》によれば、パウロはギリシャのコリントという町に行った時、キリストの救いを証しするのに、難しい説明を止めて、ただ神の子イエス様が十字架にかかって人間の罪の赦しのために死んで、甦られたことを宣べ伝え、そのイエス様がここで奇跡を行われることを実行して見せることにしたのです。

日本での福音宣教
 これは日本でも同じです。日本のインテリ・クリスチャンは理屈っぽくて何でも議論して納得しないと信じないくせがあります。しかし、本当の信仰は幼な子のように単純に信じることだとイエス様は言われました。
 以前、さんという横浜海岸教会の長老だった人が相模原に越してきてこの教会の礼拝に出られました。さんの奥さんが中風で家におられることを聞きましたので、わたしはさんに、「お宅に伺って奥さんがイエス様の御力によって癒されるようにお祈りしましようか?」と申し出ました。すると彼はカンカンに怒って答えました、「わたしの家内が中風を患ったのは神様の御心によるのです。キリスト信者は信仰によって病苦をも感謝して耐え忍ぶところに恵みが現れるのであって、祈って癒されることなど求めるべきではありません」と。「ああそうですか。わかりました」と言ってわたしは引き下がりました。こちらが善意であっても、やたらに押しかけて行って奇跡の押し売りをするのは神の御心ではないからです。

 日本には、主の奇跡を信じることが出来ない理屈っぽい信者が沢山いるのは残念なことだと思います。素直に心の水門を開けば、神様の愛が川のように流れ込んで来て、奇跡がしばしば起こるからです。奇跡が信仰を生むのではなく、信仰が奇跡を生むのです。イエス様はしばしば言われました、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安らかに行きなさい」と。わたしたちもそのように主のお約束を信じて生きて行こうではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 13.2.3 悪霊 のわな(出エジプト34:11〜17)

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