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                                            2013/1/6の礼拝説教
すべてを感謝

出エジプト30:34〜38
Tテサロニケ5:16〜19
ヨハネ6:9〜14               皆川尚一牧師

  主はまた、モーセに言われた、「あなたは香料、すなわち蘇合香、シケレテ香、楓子香、純粋の乳香の香料を取りなさい。おのおの同じ量でなければならない。あなたはこれをもって香、すなわち香料をつくるわざにしたがって薫香を造り、塩を加え、純にして聖なる物としなさい。また、その幾ぶんを細かに砕き、わたしがあなたと会う会見の幕屋にある、あかしの箱の前にこれを供えなければならない。これはあなたがたに最も聖なるものである。あなたが造る香の同じ割合をもって、それを自分のために造ってはならない。これはあなたにとって主に聖なるものでなければならない。すべてこれと等しいものを造って、これをかぐ者は民のうちから断たれるであろう」(出エジプト30:34〜38)。

神に献げる香
  ここに神前に献げる香の造り方が神様から教えられています。 蘇合香、シケレテ香、楓子香、純粋の乳香を同じ分量ずつ取って、これに塩を加えて造るのです。これは神前でだけ焚く聖なる香であって、人が勝手に造って匂いをかいではならない、もしこの禁を犯した人はイスラエル民族から追放されることになります。
 これは、香を焚くことをすべて禁じたものではありません。違った香を違った割合で造って王の葬儀で焚いた記録があります。

感謝の祈り
 香は神様に受け入れられる祈りの象徴です。それはお願いよりも何よりも、神様の恵みに対する感謝の祈りです。イエス様も、「父よ、いつもわたしの願いを聞いてくださることを感謝致します」と感謝してから、お願いの祈りをされるのが常でした。
 例えば、《ヨハネ6:9〜14》を見ると、祝福の山の上に集まった1万人以上もいたと思われる大群衆がお腹を空かしているのを見て、わずか五つのパンと二匹の魚しかないにもかかわらす、それらを捧げて神様に感謝してから、みんなに分けてやりました。そしたらパンも魚もイエス様が裂いて与えるそばからどんどん増えてみんなが満腹し、パンくずを集めたら12のかごにいっぱいになったということです。これでますます感謝、感謝となりました。ここで大切なことは、感謝出来ない状況のなかでも、先ず感謝したということです。そして、天のお父様のご愛を信じてわずかな材料を活用したことです。

支倉使節団の派遣
 今一つは昨夜NHKで放映された番組です。それは今から丁度400年前(西暦1613年)に伊達政宗がヨーロッパに派遣した支倉使節団についてであります。その2年前の1611年に東北地方は巨大地震と大津波に襲われ、伊達政宗の仙台領では約5000人の死者・行方不明者が出ました。政宗は江戸の家康に拝謁して報告したとき、東北人は剛毅・不屈・不撓の精神をもってこの災害を乗り越えつつあると語りました。その時、家康と政宗の間でメキシコ・スペインと日本との間に貿易航路を開く話が進められ、費用一切を政宗が負担することで家康の許可を受けました。帰国後政宗は石巻で500トンのガレオン船を建造し、側近の支倉常長を正使とする使節団180名を派遣しました。常長は太平洋を横断してメキシコに渡り、メキシコ副王に政宗の親書を呈上し、大西洋を渡ってスペインに着き、国王に親書と条約書を呈上し、マドリードの修道院で洗礼を受けました。、更にイタリヤのローマまで行って、法王パウロ五世に拝謁し大歓迎を受け、ローマの貴族に列せられました。しかしながら、7年後、患難辛苦の連続であった旅を終えて通商貿易の使命を果たして仙台に帰ってきたら、日本はキリシタン禁制の嵐が吹き荒れていたのです。  政宗は常長を迫害から守ってくれたので、彼は隠れキリシタンとして隠棲し、2年後に帰天しました。常長の人生は喜びも悲しみも全てを感謝する達成感のある旅であったと言えるでしょう(詳細は「日本のとりなしニュースレター2009年6月号・8月号参照)。

すべてを感謝
 わたしたちも山あり谷あり嵐ありの人生ですが、すべてを感謝して神様に身を委ね、不屈不撓の精神をもって前進すれば必ず道は開けます。冬のあとには春が来ます。それを信じて感謝、感謝で行こうではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 13.1.13  主の栄光を見る(出エジプト33:17〜23)

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