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                                            2012/12/30の礼拝説教
永遠の火

出エジプト27:20〜21
Uテモテ1:6〜7
マタイ25:1〜13               皆川尚一牧師

  あなたはまたイスラエルの人々に命じて、オリブをつぶして採った純粋の油を、ともし火のために持ってこさせ、絶えずともし火をともさなければならない。アロンとその子たちとは、会見の幕屋の中のあかしの箱の前にある垂幕の外で、夕から朝まで主の前に、そのともし火を整えなければならない。これはイスラエルの人々の世々変らざる定めでなければならない(出エジプト27:20〜21)。

メノラーのともし火
 皆さん、ここにメノラーがあります。これはエルサレムのユダヤ人キリスト者・エルサレム聖書センター代表のシュロモ・ヒザック先生から贈られたものです。このともし火というのは、会見の幕屋の聖所の奥にある机の上に置かれたメノラーと呼ばれる七つの枝を持つ燭台のともし火を言います(出エジプト25:31〜40参照)。それは純金の打ち物造りでこしらえた燭台でアーモンドの樹をかたどったものです。口語訳聖書では「あめんどう」と訳されており、全世界を照らす神の光の象徴です。
 七つの枝の一つ一つの上にともし火皿があって、それに純粋なオリーブ油を満たして灯芯に火をともすのです。これは神の祝福を全世界にもたらすイスラエル民族の象徴でもあり、エルサレムには巨大なメノラーがそそり立っています。

永遠の火
 次に、出エジプト記のこの箇所では、幕屋のともし火は夕から朝までともし続けるようにと命じられているので、夜間にともす常夜灯だという解釈もありますが、聖書で「夕あり、朝あり」というのは丸一日を意味しますから、一日中ともすのだ考えられ、夜も昼も絶え間なくともす永遠の火として守るように命じられたものです。それは、夜だけではなく、永遠不滅の神の光であり、神の光を受けて輝く人の信仰の光を意味します。

キリスト教会の光
 次に、新約聖書のヨハネ黙示録第1〜3章では七つの金の燭台は七つのキリスト教会を象徴しています。七つは完全数ですから、全世界のすべてのキリスト教会を意味します。従って、教会はこの世を照らす救いの光です。

キリスト者の光
 また、イエス様が「あなたがたの光を人々の前に輝かせ」(マタイ5:14〜16)と命じたのも、わたしたちがイエス様の霊光を受けて信仰の光、愛の光をこの世に照らし続けることを意味しています。

 わたしが伝道者の召命を神様から受けたとき、キリスト者の兄が反対して言いました、「牧師は偽善者だ。人間は弱い者でいつも変らない熱心で神に仕えることは出来ない。それなのに、いかにも熱心そうに見せかけて説教を語る。俺はお前が偽善者になってほしくないから反対だ」と。わたしはお祈りして神様からの教えをうけ、兄に答えました。「兄さんの言う通り人間は弱いから信仰が燃えるときも下火になるときもあるでしょう。それがだめなら、誰一人伝道者になれる人はいないでしょう。ぼくは信仰が下火になったら一生懸命お祈りして、神様の火を頂いて燃え上がるようにします」と。兄は反論できませんでした。

 これについて、使徒パウロは、弟子のテモテに対して、「神から頂いた聖霊の火を繰り返し燃え立たせよ」と勧めています(Uテモテ1:6〜7)。鍛冶屋が使うふいごのように、繰り返し聖霊の風を送り込むのです。わたしたちは自分の内なる霊魂の火を聖霊によって燃え立たせることが出来ます。世の終わりにキリストが再臨されるとき、賢い乙女のように目覚めて霊の火を永遠に燃え立たせてお迎えしようではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 13.1.6  全てを感謝(出エジプト30:34〜38)

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