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                                            2012/11/11の礼拝説教
七年目の自由

出エジプト21:2
ローマ12:1
ヨハネ8:34〜36               皆川尚一牧師
古代世界の奴隷
  「あなたがヘブルびとである奴隷を買う時は、6年のあいだ仕えさせ、7年目には無償で自由の身として去らせなければならない」(出エジプト21:2)。

  奴隷制度は古代世界では一般的に見られる風習でしたが、その取り扱い方は、国によってずいぶん異なっていました。例えば、バビロンでは自分の国に労働者が足りなかったので、大量の奴隷を他国から輸入したり、戦争で捕虜になった者を奴隷にしたりしました。大部分は使い捨ての終身奴隷ですが、優れた奴隷は解放されて高い地位につくこともあります。 日本でも蝦夷(えぞ)の民で降伏した者を俘囚(ふしゅう)とし、犯罪者や、負債を返すことが出来なかった者を奴婢(ぬひ)とし、男奴(おのやっこ)、女奴(めのやっこ)などが主人の所有物として売買されたりしました。特赦の例としては、満60歳になって病気の者や、技能や人柄に優れた者を解放して良民とすることがありました。

ヘブル人の奴隷
 これに対してモーセの律法では、人が奴隷になる場合が幾つか記されています。戦争で捕虜になった場合、外国人の奴隷を買い取った場合、親が子供を売った場合、また負債のかたに連行された場合、自分自身を身売りした場合などです。
 しかし、ヘブル人の奴隷制度が他国のそれと異なる点は、永続的なものでなかったことです。出エジプト記第21章第2節の規定の通り、7年目には自由の身となり、無償で去ることが出来ました。また、50年毎に来るヨベルの年には奴隷の年季が何年目であっても解放されるのです。「奴隷」と訳されたヘブライ語の(エベド)は「しもべ」とも訳せます。

7年目の自由
 この7年目の自由には深い意味があります。それは安息日と同じ意味です。週の7日目を安息日とされた主は、奴隷の安息年を7年目とされました。また、ヨベルの年は7X7=49年の翌年の50年目が安息年となります。どんな借金も借財も全部取り消しになり、かたに取られた着物・家財・土地などは全部元の持ち主の手に返還されます。そして奴隷は無条件で解放されると定められています。

キリスト者の自由
 ところで、これは古代イスラエル人のことに限らず、現代の私たちの自由と霊的な関係があります。つまり、わたしたちは罪の奴隷の境遇からイエス・キリスト様によって解放された自由人であるということです。新約聖書《ヨハネ8:34〜36》を見て下さい。
 「イエスは彼らに答えられた、『よくよくあなたがたに言っておく。すべて罪を犯す者は罪の奴隷である。そして、奴隷はいつまでも家にいる者ではない。しかし、子はいつまでもいる。だから、もし子があなたがたに自由を得させるならば、あなたがたはほんとうに自由な者となるのである』」。
 それはどういう自由かというと、天のお父様を礼拝する自由、天のお父様の子として仕える自由です。ユダヤ人は神様を信じる自由人だと言いながら、神の御子イエス様を信じないで殺そうとしました。これは恐ろしい罪です。彼らは罪の奴隷となっていたのです。

 しかし、神の独り子・救い主イエス様を信じる人は、十字架の贖いによって罪を赦され、イエス様と一体とされ、神の子として生まれ変ったのです。それによって神様のご愛を知り、身も心も献げて神様に仕える者となりました。この自由は神の子イエス様から与えられたものです。だから、わたしたちは永遠に神の家にいて喜び楽しむことができます。この自由を決して悪魔に奪われてはなりません。もし、悪魔の誘いが来たら、「わたしはイエス様のものだ、お前とは関係ない。悪魔よ下がれ!」と叱りつければ、悪魔は逃げ去ります。どうか、今日からの日々を喜びと感謝と勇気とをもつて神様に仕えて生きて行こうではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 12.11.18  喜んで献げる(出エジプト22:29)

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