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                                            2012/1/22の礼拝説教
死から命へ

出エジプト2:1〜10
ヘブル11:23
マタイ14:25〜33               皆川尚一牧師
モーセの誕生
  さて、レビの家のひとりの人が行ってレビの娘をめとった。女はみごもって、男の子を産んだが、その麗しいのを見て、三月のあいだ隠していた。しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、それにアスファルトと樹脂とを塗って、子をその中に入れ、これをナイル川の岸の葦の中においた。その姉は、彼がどうされるかを知ろうと、遠く離れて立っていた。ときにパロの娘が身を洗おうと、川に降りてきた。侍女たちは川辺を歩いていたが、彼女は、葦の中にかごのあるのを見て、つかえめをやり、それを取ってこさせ、あけて見ると子供がいた。見よ、幼な子は泣いていた。彼女はかわいそうに思って言った、「これはヘブルびとの子供です」。そのとき幼な子の姉はパロの娘に言った、「わたしが行ってヘブルの女のうちから、あなたのために、この子に乳を飲ませるうばを呼んでまいりましょうか」。パロの娘が「行ってきてください」と言うと、少女は行ってその子の母を呼んできた。パロの娘は彼女に言った、
「この子を連れて行って、わたしに代わり、乳を飲ませてください。わたしはその報酬をさしあげます」。女はその子を引き取って、これに乳を与えた。その子が成長したので、彼女はこれをパロの娘のところに連れて行った。そして彼はその子となった。彼女はその名をモーセと名づけて言った、「水の中からわたしが引き出したからです」(出エジプト2:1〜10)。

第一章に描き出された「ヘブル人の男の新生児を片端からナイル川に投げ込め」というエジプト王の残酷な命令が行われている危機的状況の中に、モーセが誕生するという、スリル満点の物語絵巻がここに繰り広げられます。
いかにもさりげない出来事のように、ことは始まるのです。
「さて、レビの家のひとりの人が行ってレビの娘をめとった」。  
  レビ族のひとりの男が、同じレビ族の一人の娘をめとりました。この夫婦の名はここでは伏せられています。夫はアムラム、妻はヨケベデというのですが、ここでは、彼らの名よりも、彼らが神に仕える祭司の部族であることの方が重要なのです。その女はみごもって男の子を産みました。しかし、その子があまりにも麗しいのを見てナイル川に投げ込まずに隠しました。  
  この「麗しい」と訳されたヘブライ語「トーブ」は、「良い」とか、「立派な」とか、「可愛らしい」とか「申し分のない」とかいうのを全部ひっくるめたような意味をもつ言葉です。そういう宝物のような子供を川に投げ込むわけには行かなかったので、三月の間隠していました。しかし、もう隠しきれなかったので、パピルスという葦で編んだかごにアスファルトと樹脂で防水を施して、ナイル川の葦の間に浮かべました。

神の隠れた御手  
  それは、母のヨケベデと姉のミリアムの手で行われました。そしてミリアムだけはひとり残って籠舟の行方を遠くからつけて行きました。するとそこへパロの王女が水浴びをしようと川に降りてきて籠舟を見つけました。王女が仕え女に籠を取ってこさせて蓋を開けてみると赤ちゃんが泣いていました。王女はかわいそうに思って言いました、「これはヘブル人の子供です」。「こんな麗しい、可愛らしい子が捨てられるなんてもったいない」と彼女は心の中で思ったのでしょう。そこへ、すかさずミリアムが跳んできて、「ヘブル人のうばを呼んで来ましょうか」と言ったので、王女は「そうして下さい」と言いました。そこでミリアムは母親を連れてきたので、王女は報酬を出して赤児の実の母に養育を任せたのです。  
  この一連の出来事は実に巧みな神の知恵によって導かれていますが、神様は隠れておられます。何しろ、王が殺せと命じたのに、王女が助ける。助けるだけでなく王宮で王女の子として養育され、教育されて成人し、ついにイスラエル民族を率いてエジプトから引き出すのです。神様の皮肉とも言うべき見事なみわざではありませんか。

モーセと名づけた
「その子が成長したので、彼女はこれをパロの娘のところに連れて行った。そして彼はその子となった。彼女はその名をモーセと名づけて言った、『水の中からわたしが引き出したからです』」(出エジプト2:10)。  
  なんと、この赤ちゃんの名付け親は王女でした。モーセはヘブライ語で「モシェ」と発音します。エジプトの王女は、「水の中からわたしが引き出したから、そう名づけた」と言っていますが、80年後に、そのモーセがイスラエルをエジプトから引き出すのだと知って、神様の御業の不思議さに驚いたことでしょう。

モルデカイ・モーセ  
  今でもイスラエルでは、「モシェ」と名づけられる赤ちゃんがいます。
例えば、戦後マッカーサー占領軍司令部で日本の占領行政に当ったモルデカイ・モーセと言うユダヤ系アメリカ人は、「日本人に謝りたい」という本を出しています。彼は共産主義的なやり方で日本を解体し、天皇を廃止したいと考えていたのですが、日本を去って後に自分の考えが間違っていたことを知りました。それは日本の天皇が世界歴史の中の王たちとは違い、民衆を搾取して自分を肥やすことをせず、理想的な君民共治の政治を行っていたのだということが分かった。それとは知らず日本を共産化するような政策を取ったことを謝りたいと書いています。現代のモーセは日本民族の救いのためにどんな役割を演じるのか。それは未だ神様だけがご存知てす。わたしたちは日本の救いのために、神様の隠れた御手が働いていることを信じて、イエス・キリストの福音を宣べ伝えること
に熱心に仕えようではありませんか。                アーメン

次回予告 12.1.29 同胞愛に目覚める(出エジプト2:11〜15)

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