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                                            2012/7/22の礼拝説教
海が開かれる

出エジプト14:21〜25
ヘブル11:29
マタイ14:28〜33             皆川尚一牧師
海が開かれる
  モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分れた。イスラエルの人々は海の中のかわいた地を行ったが、水は彼らの右と左に、かきとなった。エジプトびとは追ってきて、パロのすべての馬と戦車と騎兵とは、彼らのあとについて海の中にはいった。暁の更に、主は火と雲の柱のうちからエジプトの軍勢を見おろして、エジプトびとの軍勢を乱し、その戦車の輪をきしらせて、進むのに重くされたので、エジプトびとは言った、「われわれはイスラエルを離れて逃げよう。主が彼らのためにエジブトびとと戦う」(出エジプト14:21〜25)。

  モーセが手を海の上にさし伸べると、強烈な東風が吹いて来ました。それはこれまで経験したこともない暴風でひと晩中吹きつのり、海の水を吹き分けて乾いた海底を道のように作り出し、水はその両側にかきとなりました。「十戒」という映画はその光景を特殊撮影でありありと描き出してくれましたが、まさに天地創造の神様だけが行うことの出来る奇跡でありました。

歩く先に道が出来る
 この海底の道は向こう岸まで一気に開通したわけではなく、歩く先に道が出来て行くのです。これには随分信仰と勇気が必要です。何しろ、海の水は開かれたと言っても、道の両側に波が逆巻いて壁のように立ち上がっているのですから、恐ろしい光景です。神様を信じて一歩ずつ踏み出して行くほかありません。
 人生の道もこれと同じです。先の先まで見通せる人生などありません。神様のお護りを信じて、今開かれた道を一歩ずつ前進することです。

下関での経験
 今から59年前、わたしが東京神学大学を卒業して、本州西端の下関彦島教会に赴任したときもそうでした。礼拝出席者は15人くらいで、教会から頂く謝儀は6000円。先ず、十分の一献金を600円、礼拝献金を400円、合計1000円を袋に入れ、最低限必要な支出をそれぞれ袋に入れるとゼロになります。本を買うお金も、衣類やお菓子や果物を買うお金もありません。礼拝堂で子供の学習塾を開きましたが、授業料はひとり一ケ月100円で5,6人しか来ませんでした。翌年、母が天に召されたので東京に帰り、葬儀のあと見合いをして今の家内と婚約して下関に帰りました。すると教会の役員5人のうち4人は猛反対で、絶対に認められないと言います。なぜなら、これ以上献金を増額するのは無理だというのです。しかし、わたしは、かねがね母が「お前をお嫁さんにバトンタッチしないでは死ねない」と言っていたから、これを神様の御心と信じて婚約したし、俗に「一人口は食えなくても、二人口は食える」と言うではありませんか、とも説得して、役員たちに同意してもらいました。家内もわたしも海の中の道を歩くような感じで下関伝道の5年間を一歩一歩進みました。

 皆さん、「人生一寸先は闇」と言う諺がありますが、主を信ずる者にとっては「一寸先は光です」。今、開かれた道を一歩一歩進めば必ず神様の助けを受けて向こう岸に到達できるのです。そう信じて祈りつつ、進もうではありませんか。
                                  アーメン
次回予告 12.7.29 敵の滅びを見た(出エジプト14:26〜31)

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