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                                            2012/7/15の礼拝説教
主の救いを見よ

出エジプト14:10〜20
使徒12:1〜11
ヨハネ14:12〜14               皆川尚一牧師
困難を見る
  パロが近寄った時、イスラエルの人々は目を上げてエジプトびとが彼らのあとに進んできているのを見て、非常に恐れた。そしてイスラエルの人々は主にむかって叫び、かつモーセに言った、「エジプトに墓がないので、荒野で死なせるために、わたしたちを携え出したのですか。なぜわたしたちをエジプトから導き出して、こんなにするのですか。わたしたちがエジプトであなたに告げて、『わたしたちを捨てておいて、エジプトびとに仕えさせてください』と言ったのは、このことではありませんか。荒野で死ぬよりもエジプトびとに仕える方が、わたしたちにはよかったのです」。モーセは民に言った、「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救いを見なさい。きょう、あなたがたはエジプトびとを見るが、もはや永久に、二度と彼らを見ないであろう。主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。主はモーセに言われた、「あなたは、なぜわたしにむかって叫ぶのか。イスラエルの人々に語って彼らを進み行かせなさい。あなたはつえを上げ、手を海の上にさし伸べてそれを分け、イスラエルの人々に海の中のかわいた地を行かせなさい。わたしがエジプトびとの心をかたくなにするから、彼らはそのあとを追ってはいるであろう。こうしてわたしはパロとそのすべての軍勢および戦車と騎兵とを打ち破って誉を得よう。わたしがパロとその戦車とその騎兵とを打ち破って誉を得るとき、エジプトびとはわたしが主であることを知るであろう」。
 このとき、イスラエルの部隊の前に行く神の使は移って彼らのうしろに行った。雲の柱も彼らの前から移って彼らのうしろに立ち、エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれと近づくことなく、夜がすぎた(出エジプト14:10〜20)。

  前回の説教では、イスラエル人が海を前にし、うしろを山で囲まれ、山あいの狭い通路しか開かれていない地域に宿営したところへ、パロの戦車軍団が追跡してきたことをお話ししました。
 その時、イスラエル人が示した反応は恐れだけだったように見えます。彼らは主に向かって叫び、モーセに向かって叫びました。それは助けを求めるよりも、「なぜ、こんなところに連れて来て死なせようとするのか?」という疑いと不信仰の叫びでした。イスラエル人はこれまで神様の奇跡を10回も見たのに、困難だけを見て、主の救いを見ようとしなかったようです。

不平分子の言葉
 有名な「十戒」という映画では、モーセに逆らう不平分子の頭デイサンが、民衆を扇動してエジプトに帰ることを要求した様子が描かれています。同じ信仰に立つイスラエル人と言っても、信仰心の強い人もいれば弱い人もいます。信仰心の強い人というのは、神様だけを信じる単純素朴な人ですが、弱い人というのは神様よりも困難の方を見てしまう人です。

主の救いを見よ
 これに対してモーセは言いました、
 「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救いを見なさい。きょう、あなたがたはエジプトびとを見るが、もはや永久に、二度と彼らを見ないであろう。主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。
 困難だけを見るのを止め、主の救いを見る事を期待するのです。「なぜこんな目に遭わせるのか?」などと不平を言うのを止め、黙って主の救いを見ることを期待して待ち望むことです。モーセは海岸の岩の上に立ち、両手を大きく広げて叫びました、「主の救いを見よ」。人々の目はモーセに注がれ、そして見えない神様に注がれました。

局面の新転回
 その時、局面の新転回が始まったのです。イスラエルの守護天使ミカエルがイスラエル軍団のうしろに回りました。天使の雲の柱もうしろに回りました。そして、エジプト軍とイスラエル軍の間は天使軍団の火柱によって隔てられたのです。猛り立ったパロもその軍勢も、天使の火柱を突破することは出来ませんでした。
 これが更に海が開かれる奇跡へとつながるのです。あれよ、あれよという間に局面は転回して行きます。

相模大野伝道
 今から52年前、わたしが相模大野開拓伝道を始めた時もそうでした。家内が次男のお産をするので、水郷田名の久所(ぐぞ)で医療伝道をしておられた小川武満牧師のお住居に寄寓させて頂きました。親子4人がお世話になり、わたしは12キロの道を自転車で通って相模大野駅前の倉庫で日曜日の礼拝、そして、周辺の家々の戸別訪問をして歩きました。又、生活費を稼ぐため、一日おきに昼間は相模川の河原で砂利掘り人夫として労働し、夜は子供の学習塾を開いて教えました。お産は市内の産院で無事に済みましたが、お金が乏しいために相模大野駅前に移転することが出来ませんでした。小川先生は「一緒にいてくれた方が助かる」と言ってくれますが、わたしの方は一日も早く相模大野駅前に進出したかったのです。しかし、不可能でした。

 その時、体を酷使したせいで、わたしの体に直腸内腫瘍が発生し、手術を受けることになりました。「泣きっ面に蜂」という諺通りの状況となり、米軍補給廠西門の伊藤外科病院で手術受けました。
 その入院中に、隣のベッドの創価学会信者のタクシー運転手さんが話しかけてきました。彼は市内中央に住む学会支部長でしたが、学会のやり方に不信を抱き、学会が憎むキリストを知りたいと思っていました。「皆川さん、なんでキリストを信じる気になったんですか?」と言う質問から始まって、交流した結果、キリストを信じたいので退院したら相模大野教会の礼拝に行くと約束しました。わたしは神様がこの人の救いのためにわたしを病気にして伊藤外科に入院させたのではないかと思い、嬉しくてたまりませんでした。

 しかし、それだけではなかったのです。わたしが入院したので、色々な知り合いからの見舞金が沢山集まって、相模大野駅近くの家を借りて移転する費用が与えられました。そこで健康が回復次第、一気に当地に進出することが出来たのです。わき目もふらずに、主イエス様だけを見る人になりましよう。
                                     アーメン
次回予告 12.7.15 海が開かれる(出エジプト14:21〜25)

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