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                                            2012/7/8の礼拝説教
窮地に立つ

出エジプト4:1〜9
Uコリント4:7〜10
ルカ4:23〜30               皆川尚一牧師
主の計略
  主はモーセに言われた、「イスラエルの人々に告げ、引き返して、ミグドルと海との間にあるピハヒロテの前、バアルゼポンの前に宿営させなさい。あなたがたはそれにむかって、海のかたわらに宿営しなければならない。パロはイスラエルの人々について、『彼らはその地で迷っている。荒野は彼らを閉じ込めてしまった』と言うであろう。わたしがパロの心をかたくなにするから、パロは彼らのあとを追うであろう。わたしはパロとそのすべての軍勢を破って誉を得、エジプトぴとにわたしが主であることを知らせるであろう」。彼らはそのようにした。
 民の逃げ去ったことが、エジプトびとの王に伝えられたので、パロとその家来たちとは、民に対する考えを変えて言った、「われわれはなぜこのようにイスラエルを去らせて、われわれに仕えさせないようにしたのであろう」。それでパロは戦車を整え、みずからその民を率い、また、えり抜きの戦車600と、エジプトのすべての戦車およびすべての指揮者たちを率いた。主がエジプトの王パロの心をかたくなにされたので、彼はイスラエルの人々のあとを追った。イスラエルの人々は意気揚々と出たのである。エジプトびとは彼らのあとを追い、パロのすべての馬と戦車およびその騎兵と軍勢とは、バアルゼポンの前にあるピハヒロテのあたりで、海のかたわらに宿営している彼らに追いついた(出エジプト14:1〜9)。

  エジプト脱出のドラマのシナリオは神様が描いておいでになります。ここが、後世のわたしたちにとって面白いところです。主はあらかじめモーセに主のご計略を打ち明けて、主のご指示に従うことを求められました。 それはイスラエルが自ら進んで窮地に立つことです。それで、せっかく苦労して前進しているのに引き返して、ミグドルと海との間にあるバアルゼポンの前のピハヒロテのあたりに宿営することになりました。

紅海の今昔
 この海とは紅海のことらしいですが、ヘブライ語では「葦の海(ヤム・スーフ)と記されています。現在の紅海には「葦(スーフ)」は生えていないので、紅海ではないという説もありますが、実は今から3250年前の紅海はずっと北の方まで伸びていて、そこには湿地帯もあり、葦が茂っていたようです。西暦1869年11月にスエズ運河が開通し、この工事のために紅海は現在の形に変えられました。ですから、今では聖書の地名が何処のことなのか全く分からなくなりました。

袋のねずみ
 さて、その昔のピハヒロテの宿営地は、前が紅海で後ろは両側から山に囲まれ、狭い通路が出来ているという地形であったらしいです。ですからその通路を塞げばいわゆる「袋のねずみ」となります。これを知ったパロは、「彼らはその地で迷っている。荒野は彼らを閉じ込めてしまった」
と言って追撃してくるに違いないと主は言われました。

窮地に立つ
 本当にその通りになりました。
 「それでパロは戦車を整え、みずからその民を率い、また、えり抜きの戦車600と、エジプトのすべての戦車およびすべての指揮者たちを率いた」
とあります。この出エジプトより約20年前にカディシュの戦いがありましたが、その時エジプト王ラメセス2世はシリアでヒッタイト王国の強力な軍勢と決戦を行いました。頭に王冠を被った馬の曳く華麗な戦車に乗って2mの強弓を引くパロの勇姿がエジプトの壁画に刻まれています。颯爽と戦車に乗ったラメセス2世は選り抜きの戦車隊600両を率いて先発し、エジプト全軍に後に続くよう命令して、ピハヒロテの宿営地に向かいました。
 意気揚々として解放の自由を満喫していたイスラエル人は、エジプト軍の戦車隊が追跡して来るのを見て、一転絶望の渕に投げ込まれました。まさに、窮地に立ったのです。

光が闇の中に現れる
 わたしたちも幾たびか窮地に立ったことがあります。例えば、この教会堂が立ったとき、紛争が起こって教会員の半数が去り、残ったのは経済力の乏しい、若者や主婦や病人たちでした。銀行からの借入金1000万円に対する毎月の返済金は到底予定通りには支払えないと思われたので、わたしは支店長と減額を交渉するために銀行に行きました。すると、わたしたちに信頼と好意をもってくれていた支店長は更迭され、別の人になっていました。新しい支店長は東本願寺の三男だと名乗って、「わたしだったら絶対にキリスト教会なんかに貸さなかった」と言って、減額には応じなかったので、わたしたちはひたすら主の御助けを祈るしかありませんでした。すると、洗礼を受ける人や転入会者が毎月加えられてきて、予定通りの金額を毎月銀行に納めることが出来るのです。わたしたちは、「これは主の奇跡だ」と毎月主に感謝をささげました。

 窮地に立つのには、色々な原因が数えられますが、隠れた主の御心があるのです。それは、「光が闇の中に現れるため」です。人の目には失敗だ、罪だと見える原因もあるでしょう。しかし、それらの闇の中に主の光が現われるために、主が人生のドラマの舞台設定をなされることを知って、主を崇めようではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 12.7.15 主の救いを見よ(出エジプト14:10〜20)

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