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                                            2012/6/24の礼拝説教
エジプト脱出

出エジプト12:29〜39
Uコリント6:14〜18
マルコ3:31〜35               皆川尚一牧師
長子たちの死
  夜中になって主はエジプトの国の、すべてのういご、すなわち位に座するパロのういごから、地下のひとやにおる捕虜のういごにいたるまで、また、すべての家畜のういごを撃たれた。それでパロとその家来およびエジプトびとはみな夜のうちに起きあがり、エジプトに大いなる叫びがあった。死人のない家がなかったからである。そこでパロは夜のうちにモーセとアロンを呼び寄せて言った、「あなたがたとイスラエルの人々は立って、わたしの民の中から出て行くがよい。そしてあなたがたの言うように、行って主に仕えなさい。あなたがたの言うように、羊と牛とを取って行きなさい。また、わたしを祝福しなさい」。
 こうしてエジプトびとは民をせき立てて、すみやかに国をさらせようとした。かれらは「われわれはみな死ぬ」と思ったからである。民はまだパン種を入れない練り粉を、こねばちのまま着物に包んで肩に負った。そしてイスラエルの人々はモーセの言葉のようにして、エジプトびとから銀の飾り、金の飾り、また衣服を請い求めた。主は民にエジプトびとの情を得させ、彼らの請い求めたものを与えさせられた。こうして彼らはエジプトびとのものを奪い取った。
 さて、イスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに向かった。女と子供を除いて徒歩の男子約60万人であった。また多くの入り混じった群集および羊、牛など非常に多くの家畜も彼らと共に上った。そして彼らはエジプトから携えて出た練り粉をもって、種入れぬパンの菓子を焼いた。まだパン種を入れてなかったからである。それは彼らがエジプトから追い出されて滞ることが出来ず。また、何の食糧をも整えていなかったからである(出エジプト12:29〜39)。
 
 こうしてついにエジプト全国に神の裁きが下りました。エジプト王のういごから地下牢の捕虜のういご、そして奴隷のういごにいたるまで、すべての男女の長子は真夜中に死にました。家畜のういごも同じでした。

 パロはもはや我慢できなくなり、モーセとアロンを呼んで「エジプトの国からすべてのイスラエル人が家畜をつれて直ぐに出て行くよう求めました。そして、「わたしを呪うのをやめて、祝福してほしい」と求めました。パロだけでなく、全てのエジプト人がイスラエル人をせき立てて「早く、早く、出て行ってくれ」と懇願したのです。このままでは皆殺しにされてしまうと思ったからです。

分捕り物
 しかし、彼らは神様の命令によってエジプト人から分捕り物を得る必要がありました。それは、
 第一に荒野で神様を礼拝する祭を行うのに必要な金銀の飾りや衣服を得ることです。神様がシナイ山でモーセに与えた律法には、神の会見の幕屋を金銀その他で飾ること、うるわしい衣を着けて神様を礼拝することなどが記されています。

 第二に、イスラエル人の成人男子は武装した軍隊として組織される必要がありました。ここには書いてありませんが、彼らはエジプト軍の槍、弓、剣などを分けてもらって完全武装を整えたと考えられます。なぜなら、出エジプト記17章にあるように、彼らがシナイ半島に入って行くと、勇猛な遊牧民族アマレク人が攻めてきたからです。イスラエル人はヨシュアを総司令官としてアマレクと戦い、激戦の末に勝利します。モーセは40年前までエジプト軍の総司令官でしたから、イスラエル軍を12部族ごとに分けて組織化し、訓練して、ヨシュアを総司令官とする軍隊に育て上げて行ったと考えられます。

良い人間関係
 ただ、愉快なことに、イスラエル人はエジプト人から金銀・衣服・武器などを手に入れるのに、「エジプト人の好意や情けを得た」と書いてあることです。これは脅しや暴力で奪い取ったのでなく、「相手の持ち物をほめてゆずってもらう」という風習に依るものでした。これは、ふだんから仲の良い近所付き合いをしていたから出来たことです。
 自分はクリスチャンだから異教徒などとは交際しないという狭い生きかたはせず、出来るかぎりすべての人と良い人間関係をもつようにする必要があるでしょう。

この世との訣別
 しかし、この世に同化してしまってはいけません。エジプトから出るイスラエル人がパンにイースト菌を混ぜる間もなく、急いで旅立ったように、
神の民として後ろのものを忘れ、前に向かって進む姿勢が必要です。
 《マルコ3:31〜35》によれば、イエス様が出家して伝道の生涯に旅立ったとき、マリヤ様も兄弟たちも「イエス様は気が狂った」と勘違いして連れ戻しにきました。その時イエス様は、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか、それは神の御心を行う人たちだ」と言って、家族に会おうとしませんでした。つれない態度に見えますが、後から分かってもらえるときが来るのです。この世と訣別する時は、そうでなくてはなりません。
 どうか、わたしたちもそのように神様に従ってゆこうではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 12.7.1 雲の柱、火の柱(出エジプト13:17〜22)

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