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                                            2012/6/17の礼拝説教
過越の小羊

出エジプト12:1〜13
Tコリント5:7〜8
ルカ22:13〜16               皆川尚一牧師
解放元年
  主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮れにこれをほふり、その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。生でも、水で煮ても食べてはならない。火に焼いて、その頭を足と内臓と共に食べなければならない。朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、急いでそれを食べなければならない。これは主の過越である。その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう』(出エジプト12:1〜13)。

  古代イスラエル人は古代エジプト王国の奴隷として酷使されていました。しかし、いよいよ主なる神様によって解放される時が来ました。主は最後の一大苦難によってエジプトを撃ち、イスラエル人を解放すると宣言されたのです。そこで、「この月を解放の一月とし、この年を新年とせよ」とモーセとアロンに命じられました。

 エジプトは太陽暦を使っていましたから、イスラエル人も太陽暦を使っていたのです。しかし、主の命令に従ってイスラエル人は太陰暦を使うようになりました。つまり、解放元年、自由元年として、神に仕える新しい決心をもつて出発せよというのです。

 ここで、一寸ヘブライ語の用法について、解説しておきたいと思います。3節以下に「小羊を取らなければならない」とあり、そのあとも「ねばならない、ねばならない」が繰り返され、強制的な感じを受けますね、これは翻訳が良くないせいです。これは「小羊を取る」だけで良いのです。「小羊を取るように」と訳しても良いでしよう。

過越の小羊
 次に主が命じられたのは、家族ごとに小羊一頭を取って過越の羊とすることです。この羊には条件があって、「羊でもやぎでも良い」とありますが、元来ヘブライ語では羊も山羊も「セ」と呼んで、あまり厳密に区別されません。しかし、小羊と訳すのが適当でしょう。この小羊は傷のない一歳の雄であること。一歳といっても生後八日から一歳までなら良いことになっていました。一家族で食べきれなければ、隣り近所の人を加えて一頭の小羊を選ぶのです。
 そして、小羊を夕暮れにほふって、その血を住居の入口の両方の柱とかもいに塗る。これは、極めて重要な作業でした。その上で、腰を引きからげ、足に靴を履き、手につえを取るという旅仕度のままで、急いで羊の肉や内臓を火で焼いて食べます。

血を見て過越す
 なぜかならば、その夜神様の裁きがエジプトに下り、王様から奴隷まで、すべての住民と家畜の初子(ういご)の霊魂を死の天使たちが奪い去るからです。しかし、死の天使は入口の柱とかもいに小羊の血が塗ってある家の前は何もせずに過ぎ越します。つまり小羊の贖いの血は、その家族が神様のものとして聖別されている目印となったわけです。これは現代のわたしたちとも関係があります。

神の小羊イエスの血
 このことは、初めの過越しから1200年以上後のイエス・キリストの十字架の血を象徴しています。《Tコリント5:7》を見て下さい。そこには、
 「わたしたちの過越の小羊であるキリストは、すでにほふられたのだ」
と宣言されています。それは、イエス様が最後の晩餐で示されたことです。《ルカ22:16》を見て下さい。
 「神の国で過越が成就する時までは、わたしは二度と、この過越しの食事をすることはない」
とイエス様が宣言しておられます。「神の国で過越しが成就する」とは、イエス様が過越しの小羊として十字架に掛けられて死に、血を流すことによって、イエス様を信じるすべての人が小羊の血で守られて神の裁きによる滅びを免れ、罪のこの世から脱出して神の国に入ることが出来ることを意味しているのです。わたしたちが聖餐式で、イエス様の肉を食べ、血を飲むのは、その血に守られていることを象徴しています。

日本の赤い鳥居
 ちなみに、日本の神社に良く見られる赤い鳥居は、この小羊の贖いの血を表すもので、古代日本に来たイスラエル十部族がもたらしたものだと言われています。

 皆さん、わたしたちは罪と滅びの世から脱出し、天国を目指して旅する旅人です。小羊イエス様の血潮に守られて心安らかに、勇ましく生きて行こうではありませんか。
                                      アーメン
次回予告 12.6.24  エジプト脱出(出エジプト12:29〜39)

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