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                                            2012/1/8の礼拝説教
予期せぬ苦難

出エジプト1:8〜14
Uコリント1:8〜11
マタイ10:28〜31                皆川尚一牧師
ラメセス2世の即位
  ここに、ヨセフのことを知らない新しい王が、エジプトに起こった。彼はその民に言った、「見よ、イスラエルびとなるこの民は、われわれにとって、あまりにも多く、また強すぎる。さあ、われわれは、抜かりなく彼らを取り扱おう。彼らが多くなり、戦いの起るとき、敵に味方して、われわれと戦い、ついにこの国から逃げ去ることのないようにしよう」。そこでエジプトびとは彼らの上に監督をおき、重い労役をもって彼らを苦しめた。彼らはパロのために倉庫の町ピトムとラメセスを建てた。しかしイスラエルの人々が苦しめられるにしたがって、いよいよふえひろがるので、彼らはイスラエルびとのゆえに恐れをなした。エジプトびとはイスラエルの人々をきびしく使い、つらい務をもってその生活を苦しめた。すなわち、しっくいこね、れんが作り、および田畑のあらゆる務に当らせたが、そのすべての労役はきびしかった(出エジプト1:8〜14)。

  ヨセフが死んだ後、セム族のヒクソス王はハム族の勢力によって追放され、別の新しい王朝が建てられました。「ヨセフを知らない新しい王」というのは、多分第19王朝のラメセス2世(在位BC1289〜1224)ではないかと思われます。「ヨセフを知らない」というのは、知識として知らないのではなく、ヨセフの恩恵を喜ばないという意味でしょう。イスラエル民族の存在そのものを嫌う王が出てきたことにより、予期せぬ苦難がやって来ました。王は200万人にも及ぶイスラエル民族の存在がエジプト国家にとって脅威となることを恐れ、直ちに脅威を取り除く政策を立てました。

予期せぬ苦難
 それは、ゴセンの地で平和と繁栄を楽しんでいたイスラエル民族を強制労働によって消滅させようとするラメセス2世の皆殺し政策でした。
 具体的な仕事は、先ず、倉庫の町ピトムとラメセスを建てる大土木工事です。ユダヤ古代史の著者ヨセフスによれば、王はイスラエル人に多くの運河を掘って川を分割したり、洪水を防ぐために町々に城壁をめぐらせたり、ピラミッドを次々に建てさせたりしました。
 ここに「しっくいこね、レンガ作り」とあるのは、ナイル河から泥を運んできて、水で湿らせ、それに砂と藁とを混ぜ合わせて、型に入れて乾燥させるとか、かまどでレンガを焼くとかするのです。
 これらは全て強烈な炎天下でエジプト人の労働監督の下で厳しく強制された労働です。有名な映画「十戒」の中にその情景が描かれています。

苦難に勝つ力
 なぜ、イスラエル人は虐げられれば虐げられるほど、ますます増えたのでしょうか。それは、エジプト王を恐れず、天地創造の神様を信じていたからです。
 イエス様は言われました、「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい」(マタイ10:28と。
 また、使徒パウロは言いました、「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、憐れみ深き父、慰めに満ちたる神。神はいかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる艱難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである」(Uコリント1:3〜4)と。これには次のような良い実例があります。

人生にイエスと言おう
 ユダヤ人の精神病理学者ヴィクトル・フランクル博士は、ナチス・ドイツの皆殺し強制収容所に入れられていたとき、仲間の囚人たちから、何か慰めの言葉を語ってほしいと求められました。そのとき、彼は語りました。「神には我々を救い出す力がある。そして、たとい死んだとしても我々は愛する者と共におり、もっと身近に感じることができる。だから、このような境遇の中でもイエスと言って生きて行こう」と。そこで囚人たちは歌を作って歌いました、「それでも人生にイエスと言おう」という歌です。フランクル博士もその仲間も死の強制収容所から奇跡的に救い出されました。

 皆さん、わたしたちもまた今の人生を受けいれて、よりよく生きるために神様を信じて自分の最善をつくそうではありませんか。
                                      アーメン
次回予告 12.1.15 母は強し(出エジプト1:15〜22)

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