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                                            2012/4/29の礼拝説教
神と人との絆

出エジプト4:27〜31
ローマ8:31〜39
ヨハネ4:21〜26               皆川尚一牧師
神の主導権
モーセは自分をつかわされた主のすべての言葉と、命じられたすべてのしるしをアロンに告げた。そこでモーセとアロンは行ってイスラエルの人々の長老たちをみな集めた。そしてアロンは主がモーセに語られた言葉を、ことごとく告げた。また彼は民の前でしるしを行ったので、民は信じた。彼らは主がイスラエルの人々を顧み、その苦しみを見られたのを聞き、伏して礼拝した(出エジプト4:27〜31)。

  先週の礼拝では、モーセが妻子を連れてミデヤンからエジプトに帰って行く途中、まだ神の山に辿り着く前、荒野で野宿した場所に神様が現れてモーセを殺そうとした話を取り上げました。モーセは妻チッポラが機転を利かせて長男ゲルショムに割礼を行ったお蔭で助かりました。割礼の傷が癒えるのにはひと月ほどかかるそうですから、それまで野宿の場所に留まりました。それからモーセは妻子をミデヤンの実家に帰して、単身で神の山に行きました。ここで妻子を帰した理由は分かりませんが、多分、神様がエジプトでの苦難を心配して命じられたのだと思います。
 
アロンとの再会
 神の山ホレブでのアロンとの再会も神様のお導きによるものです。この27節に、
 主はアロンに言われた、「荒野に行ってモーセに会いなさい」。彼は行って神の山でモーセに会い、これに口づけした。
とありますが、主がアロンに「神の山ホレブに行ってモーセに会え」と命じられたのはもっと前のことです。さかのぼって《4章14節》には、
 そこで、主はモーセにむかって怒りを発して言われた、「あなたの兄弟レビ人アロンがいるではないか。わたしは彼が言葉にすぐれているのを知っている。見よ、彼はあなたに会おうとして出てきている。彼はあなたを見て心に喜ぶであろう」。
とあります。モーセがまだホレブ山にいるとき、主は兄のアロンを召してホレブに来るように命じておられたのです。モーセは兄アロンとホレブで出会い、主がモーセをイスラエル民族の救い主と定め、アロンをモーセの代弁者と定められたことを話し、アロンはこれを受け入れました。ここに神と人との絆、、人と人との絆が霊的に結ばれました。この絆は縦と横の十字架の絆です。これが、更に発展します。

神とイスラエル民族
 モーセとアロンはエジプトに行って、イスラエル民族の長老たちを全部集めました。そしてアロンは主がモーセに語られた言葉をことごとく告げました。モーセは神が授けられた三つのしるしを行って見せました。即ち、第一は、神のつえを地面に投げると蛇に変わり、蛇の尻尾をつかんで引き上げるとつえにもどる。
 第二は、右手をふところに入れて出すとライ病になり、その手をふところに入れて出すと元の奇麗な手にもどる。
 第三は、ナイル川の水を汲んで来させて、これを地面に注ぐと血に変わるという奇跡です。
 この三つのしるしを見た長老たちは天地創造の主なる神様がモーセを救い主として遣わされたことを信じました。そして、一斉にひれ伏して主を礼拝しました。この「礼拝した」という原語はヘブライ語で、「アーメンした」と書いてありますから、一斉に「アーメーン!」と叫んでひれ伏したのです。こうして、神とイスラエル民族との絆が霊的に結ばれ、イスラエル人相互の霊的絆も結ばれました。

神と人との絆
 みなさん、神と人との絆は目に見えない心と心、霊と霊の結びつきですが、お祈りをする、礼拝をする、聖餐に与かるという目に見える形でも確認されます。この絆によって教会は結ばれており、家庭も、社会も、国も結ばれるときに、ゆるぎないものとなります。人と人との横の絆は真心と情愛とによって確かなものに見えても、頼りなくなることがあるでしょう。人と人との絆が神様との絆によって保証されるとき、本当に確かなものとなります。大切なことは、イエス様が《ヨハネ4:21〜26》で言われるように、先ず自分自身の体の中で、心の王座に神様を宿して、毎日、毎時、感謝を捧げ、祈りをすることです。聖霊で満たされ、日本語で祈り、異言で祈り、黙って心で祈る。こうして神様との親しい絆を結んで毎日生きて行こうではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 12.5.6 主とは何者か(出エジプト5:1〜9)

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