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                                            2012/3/11の礼拝説教
人の好意

出エジプト3:16〜22
使徒2:43〜47
マタイ10:40〜42               皆川尚一牧師
今後の展望
  「あなたは行って、イスラエルの長老たちを集めて言いなさい、『あなたがたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主は、わたしに現れて言われました、「わたしはあなたがたを顧み、あなたがたがエジプトでされている事を確かに見た。それでわたしはあなたがたを、エジプトの悩みから導き出して、カナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとの地、乳と蜜の流れる地へ携え上ろうと決心した」と』。彼らはあなたの声に聞き従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちと一緒にエジプトの王のところへ行って言いなさい、『ヘブルびとの神、主がわたしたちに現れられました。それで、わたしたちを、3日の道のりほど荒野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげることを許してください』と。しかし、エジプトの王は強い手をもって迫らなければ、あなたがたを行かせないのをわたしは知っている。それで、わたしは手を伸べて、エジプトのうちに行おうとする、さまざまの不思議をもってエジプトを打とう。その後に彼はあなたがたを去らせるであろう。わたしはこの民にエジプトびとの好意を得させる。あなたがたは去るときに、むなし手で去ってはならない。女はみな、その隣の女と、家に宿っている女に、銀の飾り、金の飾り、また衣服を求めなさい。そしてこれらを、あなたがたのむすこ、娘に着けさせなさい。このようにエジプトびとのものを奪い取りなさい」(出エジプト3:16〜22)。

  神様はモーセに対して、神の名を「ヤーウェ(彼は有る)」と呼べと教えてから、今後の展望について語られました。それは希望に満ちたものでした。モーセがイスラエルの長老たちに神のお告げを話してきかせれば、彼らはモーセに聞き従う。そしたら、長老たちと一緒にエジプト王のところに行き、神のお告げにより荒野でヤーウェを礼拝する許可を求めよ。王は強制的に迫らなければ承諾しないから、ヤーウェは様々の奇跡をもってエジプトを打つ。最後には王はあなたがたを去らせる。その時には、エジプト人からの好意で金銀や衣服をもらって旅立つことになるであろう。

エジプト人の好意  
  この最後のお言葉は奇妙な感じがしないでしようか。モーセとイスラエル人とが神様の権威をもって強力な独裁者であるエジプト王とその民とを散々に苦しめて、ついに解放を勝ち取ったならば、エジプト人の好意を得るなどということはあり得ないはずです。しかも、神様は「このようにエジプト人のものを奪い取りなさい」と言っておいでになるのです。好意と略奪とは明らかに矛盾しています。  
  これについて参考になるのは有名なクリスチャン作家のM.I女史の話です。

M.I 女史の話  
  M.I 女史は「新聖書物語」の著者としても有名ですが、以前アフリカの内戦で大量に発生した難民のために援助したいと願って、現地へ行きました。そのときアフリカの人々は非常な貧困状態にあるけれども、彼らの文化になじむために、金銀・宝石のネックレスをして行こうと思ったけれども、日本人の自分はそういうものを持っていないから、カラフルな模造品(イミテーション)の宝石のネックレスを買って身に着けていったのだそうです。そして、現地の難民キャンプをお見舞いに行きますと、日本から来たというので、大勢の黒人女性に囲まれました。すると彼らは口々に言いました、「あらまあ、お気の毒に、イミテーションの宝石のネックレスなんか着けて、なんて貧乏な人でしょう」。見れば彼らはみな本物の金銀・宝石の立派なネックレスを掛けているのです。M.I 女史が「まあ、なんて素適なダイヤモンドのネックレスでしよう」と褒めたら、「さあ、どうぞ、あなたにあげましょう」と言って、プレゼントしてくれるのでビックリしました。昔からアフリカでは、人から褒められるとそれをプレゼントする文化があったことを、M.I さんは初めて知ったのだそうです。

人の好意  
  皆さん、イスラエル人がエジプト人から金銀・衣服を貰い受けた方法というのは、強制的に略奪するのではなく、相手の持ち物の素晴らしさを褒めてプレゼントしてもらう方法だったのです。もしも、イスラエル人が普段からエジプト人と仲良くしていなかったら、いくらほめてもプレゼントしようとは思わないでしょう。もし、イスラエル人が自分たちは神の民だから、彼らより優秀な民族であると高ぶっていたら、エジプト人からの好意は寄せられなかったでしょう。人の好意というのは、真の愛の交わりの証しです。  
  《使徒行伝2:43〜47》を見て下さい。ここには、聖霊降臨によって爆発的に増えた初代エルサレム教会の信徒たちの生活が描かれています。  
  「みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた。信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである」  

  このようにわたしたちも、神の子だからと言って特権意識をひけらかすことをせず、また少数者だからと言って卑下せず、周りの人々に好意をもって交わるならば、多くの人々から好意を寄せられて生きることが出来るでしよう。すべての人に好意を持たれることは出来ないし、また不必要なことです。しかし、神様に愛される人は良い理解者を必ず与えられることを信じて、明るく生きて行こうではありませんか。
                                       アーメン
次回予告 12.3.18 神の証し (出エジプト4:1〜9)

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