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                                            2012/1/1の礼拝説教
発展の時

出エジプト1:1〜7
使徒7:17
ヨハネ12:23〜24              皆川尚一牧師
大飢饉による移住
  さて、ヤコブと共に、おのおのその家族を伴って、エジプトへ行ったイスラエルの子らの名は次のとおりである。すなわちルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、ベニヤミン、ダン、ナフタリ、ガド、アセルであった。ヤコブの腰から出たものは、合わせて70人。そして、ヨセフは死に、兄弟たちも、その時代の人々もみな死んだ。けれどもイスラエルの子孫は多くの子を生み、ますますふえ、はなはだ強くなって、国に満ちるようになった(出エジプト1:1〜7)。

  ここには先ず、大飢饉によってカナンからエジプトに移住したヤコブ一族のことが記されています。カナンは今のパレスチナで、イスラエル民族に神様が与えた約束の土地ですが、大災害でこの地を離れてエジプトに移住しなければならなくなったヤコブ一族70人にとって、この移住はどんな意味を持っていたのでしょうか。

神の救いの計画
 それは、「神の救い」でありました。もう生きのびる道はないかと思われる絶望的な状況の中で、一族のひとりで神によって選ばれたヨセフがエジプトの副王になっていることが分かり、王の招待によって移住することになったのです。ヨセフは二十数年前兄たちが自分を奴隷としてエジプトに売ったのを怨まず、それはイスラエル民族を救う神の愛のご計画によるものだと宣言して大手を広げて父と全家族とを受け入れ、ナイル河のデルタ地帯で最も肥沃なゴセンの地に住まわせました。

 神の救出劇の舞台であったエジプトは、時代的にもその準備が整っていました。ノアの子孫ハム族の地であったエジプトに侵入したセム族のヒクソス王朝が栄えていた頃だったのです。だから、同じセム族のイスラエル民族は好意的に受け入れられたのだと思います。

発展の時
 ゴセンの地に住んだイスラエル人は約430年の間に驚異的な速さで発展しました。もし敵対する異民族の多いカナンの地にいたら、それは出来なかったでしょう。彼らを保護してくれるエジプトの肥沃で平和なゴセンの地であればこそ出来たことです。

 ここでわたしたちは人間創造における神の祝福の御言を思い起こす必要があります。「生めよ、増えよ、地に満ちよ」(創世記1:28)です。聖書で「創造する」と訳されているヘブライ語の「バーラー」には、「生む」という意味もあります。ですから、「初めに神は天と地とを創造された」という創世記の冒頭の聖句は、「初めに神は天と地とを生み出された」と訳しても良いのです。これと同じく「神は自分のかたちに人を創造された」(1:27)という聖句も、「神は自分のかたちに人を生み出された」と訳しても良いのです。つまり神様はご自分に似た神の子たちをこの地球上を満たすほどに生まれさせたいのです。だから、出エジプト第1章7節には「多産であった」、「群らがった」、「多くなった」、「非常に強くなった」、「地に満ち満ちた」という五つの動詞が用いられています。従って神の御心に逆らい、これを妨げるのは悪魔・サタンの仕業ですから、祝福されません。

 皆さん、わたしたちも昨年3月11日の東日本大震災で約2万人の人を失い、大津波で大地は荒廃し、人々は放射能汚染を恐れていますが、絶望する必要はないのです。神様の大御心は「生めよ、増えよ、地に満ちよ」というところにあります。原爆の放射能で90年は草も生えず人も住めなくなったと言われた広島で、わたしが8年後に見たのは雑草が青々と生い茂り、人々が住んで生産活動をしている姿でした。日本は必ず復興し、発展します。大災害の後には発展の時が備えられているのです。今年こそ発展の年であると信じて、勇気をもって前進しようではありませんか。
                                     アーメン
次回予告 12.1.8 予期せぬ苦難(出エジプト1:8〜14)

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