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                                                   2010/05/23の礼拝説教
  新しい霊の力

   使徒2:1〜4
   エゼキエル18:30〜32
   ヨハネ3:1〜8                  皆川尚一牧師
不思議な霊現象
  五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分かれて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した(使徒2:1〜4)。  
  今日は教会の暦の中で、「聖霊降臨祭主日」と呼ばれる大変記念すべき日です。ここには、「五旬節の日」とありますが、過ぎ越しの祭の終わりから数えて五十日目にあたる「小麦の収穫祭」が行われる日でした。「五旬節」はギリシャ語では「ペンテコステの日」と呼ばれています。
  この日エルサレムのクリスチャンたちは集会場で祈祷会を開いていました。それは天に昇られたイエス様が天から送ると約束された聖霊が降って下さるのを待つ祈祷会でした。その日は主のご昇天から10日目のことでした。そこに約束の聖霊が降ったのです。  

  これは、不思議な霊現象でした。ゴォ一ッという激しい風の吹きつけるような音、舌のような、炎のようなものの出現。絵に描くと不気味な感じになります。あのペンテコステの日から現代まで、わたしたちが経験して きた聖霊降臨の現象はこの他にも色々あります。まぶしい光、大水の ひびき、立ちのぼる炎、からだごと宙に引上げられること、逆に地面や床に倒されること、また、異言を語り、預言をする、悪霊を追い出す、病気を癒すなど、沢山あります。それはどれも貴重な経験だと思いますが、 他人と比べて自分を誇る種にしてはいけないのです。なぜなら、みんな神様のわざですから。神様はどの人の中にも宿りたいのです。その現象が激しく、強烈でなくても良いのです。神様は「そよ風」のように吹いて 来て、あなたに宿ります。それでも奇跡は起ります。あなたの中に住む イエス様が何か良いこと、素晴らしいことをして下さいます。

異言をしゃべる  
  ここで、「御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した」とは、自分が習ったことのない言語で、その言葉を使う民族の人々に 対してイエス様の救いを証しすることです。その目的は神様が人種、肌の色、言語の差別なくあらゆる人々を救うためです。  
  いまひとつ御霊が語らせる言葉に「異言」というのがあります。それは、神様と語るための不思議な言葉です(コリント人への第一の手紙第12章10節)。それは神様との直通電話とも言われます。つまり、とっさの時に「神様助けて下さい」と日本語で祈るのも間に合わないときに、考える間もなく口をついて出てきて、不思議な事を起こします。  

  例えば、林田金弥牧師は札幌平岸教会を乗っ取ろうとするヤクザから、教会を守ってほしいと頼まれて、横浜から札幌に赴任しました。それは先生の経歴が旧日本陸軍の南方派遣軍参謀であって、胆力の坐った豪傑だということで指名されたらしいです。しかし、ヤクザの暴力によるいやがらせはひどく、教会堂の屋根の十字架をピストルで撃ったり、ショベル・カーで会堂の壁に穴を開けたりしました。林田先生は「これは、人間の力でなく、神様の力に依らなければ勝てない」と考えて、札幌の北区民センターで開かれていた私たちの「札幌グレイス」という集会に参加しました。そこで聖霊に満たされると異言が先生の口から出て来ました。「ピッポ、パッポ、ピッポ、パッポ」という可愛らしい異言でした。林田先生が私に、「先生これは本当に神様の下さった異言でしょうか? これでいいんですか?」と、心配げに尋ねられるので、「大丈夫です。それでいいんです。大胆にその異言を用いて毎日神様にお祈りされると良いですよ」と私は答えました。  
  やがて、ヤクザが教会堂を明け渡すように要求しに来たとき、林田先生は、いきなり両手を高く挙げて、「ピッポ、パッポ、ピッポ、パッポ」と天に向かって大音声で叫び始めました。するとヤクザは、「キャーッ!」と叫んで、部屋から飛び出し、車に飛び乗って超スピードで逃げ去り、二度と姿を見せることはありませんでした。  
  ヤクザは奇妙な言葉に驚いたのではなく、恐るべき神の臨在の力に触れて逃げ去ったのです。林田先生は神様と一つであるという幸福感でいっぱいでした。

新しい心、新しい霊  
 《エゼキエル書第18章31〜32節》には、  
  「あなたがたがわたしに対して行ったすべてのとがを捨て去り、新しい心と、新しい霊とを得よ。イスラエルの家よ、あなたがたはどうして死んでよかろうか。わたしは何人(なんぴと)の死をも喜ばないのであると、主なる神は言われる。それゆえ、あなたがたは翻って生きよ」。
とあります。自己中心の自分勝手な生き方をしていると無意味に死ぬことになります。しかし、180度方向転換して神様中心に行き方を変えると永遠のいのちに生きる人に生まれ変わるのです。それが、新しい霊と新しい心です。神様が望んでおられるのは、あなたの死ではなく、あなたが本当の意味で生きることです。  
  林田先生のように、行き詰まったら神様に祈ること、神の聖霊で満たされることを熱心に願うことが大切です。  

  わたしは今から45年前、自分の生き方が間違っていると気がつきました。自分はエゴが強くて神様から見るとひどく用い難い人間に違いないと思いました。でも、自分で自分を変えることが出来ません。神様に変えて頂くほかないと悟ったのです。それで、一年間毎日、朝も、昼も、夜も、「神様、わたしに聖霊を満たして下さい。わたしを生まれ変わらせて下さい」と祈りました。その結果、1966年11月12日(土)午前4時にイエス様がわたしを起こして、書斎に導き、聖霊を満たして下さったのです。わたしは何度も何度も坐っていた椅子から宙に引き上げられ、異言を語って神様をたたえました。それからはイエス様とわたしのハネムーンが一ヶ月続きました。罪は赦されており、イエス様の「尚一、お前を愛しているよ」というラブコールにわたしの心はとろけるばかりの幸福感で満たされました。新しい心、新しい霊を与えられたのです。    

  皆さん。精神病患者に共通の心は自己中心です。しかし、神様の御心に添って生きる健全な力は、ただ天から、神様から降ってきます。エゴという機関車につながって破滅に向かって進むか、それともイエス様という機関車につながって天国目指して進むかです。どうか、今こそ自分の上に聖霊が降って私を変えて下さるようにと祈ろうではありませんか。
                                       アーメン

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