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                                               2008/5/11 聖霊降臨祭礼拝説教
  突然炎のごとく

   出エジプト3:1〜6
   使徒2:1〜4
   ルカ24:25〜32                 皆川尚一牧師
愛は燃える炎
「五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分かれて現われ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した」(使徒2:1〜4)。

  イエス様はご復活後、弟子たちに天から聖霊を送ることを約束されました。そして主はご復活後40日目に昇天され、それから10日後に聖霊の驚くべき降臨がありました。このペンテコステの日には120人ほどの弟子たちが、前の晩から徹夜の祈りをしていたと思われますが、朝の9時ごろに、突然大風が吹いてくるような音がなりひびき、炎のようなものが舌のように分かれて現われて各人の上に留まったと記されています。
  「〜のように、〜のように」と繰り返されているのは、聖霊の現象を説明するのには何かに譬えることしか出来ないからです。この「炎」は神様の燃える愛の象徴です。神様の愛はすべてを抱き、清め、一つにする不思議な力であります。

突然炎のごとく
 昔、「突然炎のごとく」という題名のフランス映画がありましたね。原題は「ジュールとジム」です。監督はフランソワ・トリュフォー、1962年の作品です。物語のあらすじは、《オーストリアの青年ジユールとフランスの青年ジムが知り合い、二人がともに文学や詩に関心を持っていたので、二人の間に堅い友情が芽生える。ある日、二人はアドリア海の島にある美術公園の女の彫像に心を惹かれた。その後しばらくして、二人は彫像そっくりの女カトリーヌと出会う。そして、二人共カトリーヌに恋するのです
が、ジュールが彼女に求婚し、パリに住むことになる。やがて第一次世界大戦が起こり、二人は戦地に赴くが、無事に終戦を迎える。歳月が流れ、ジムはジュールの家に招かれるが、ジュールとカトリーヌの間は冷え切っていた。三人は共同生活を始めるが、カトリーヌはジムを車に乗せて自分の運転で家を出ると、わざと橋から落ちて二人は死ぬ》というストーリーです。淀川長治の解説によると、トリュフォー監督は「絹糸さながらの恋の糸の危うさとその細い一本の糸の美しさを歌うように描いた作品だ」と語っています。

神の愛の炎は永遠
  このように、人間の愛の炎は突然燃え上がっても、また衰えて消えて行きますが、神様の愛の炎は永遠不滅のものです。
  使徒行伝を読むと、聖霊の火に燃やされた弟子たちは牢獄をも、死をも恐れない人となって、イエスがキリストであることを証しし続けます。牢獄の戸は天使が開いて助け出し、ステパノの殉教の死には、イエス様が天の王座から立ち上がって彼を勇気づけるのが見られます。弟子たちは散らされますが、行く先々で人びとにキリストの救いを証しして歩くので、信徒の数は見る見るうちに増えて行くのです。福音は神の選民と自負していたユダヤ人の枠を越えて、ローマ人やギリシャ人等の異邦人・異教徒の中に広がって行きます。かれらは、
  「神は、すべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおられる。神は唯一であり、神と人との間の仲保者はただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである」(Tテモテ2:4〜5)と宣言しました。
  すなわち、天地万物の創造主である神様は万人の父、全人類はその子であって、神の燃える愛はそのひとりびとりに注がれていることが分かって来たのです。しかし、それは人間イエスとして出現された神の御子に眼を留め、イエス様から注がれる聖霊の愛を頂いて、初めてはっきりと分かる真理であります。信仰の真理は頭で理解して分かるものではなく、霊で体験してみて分かるものです。

燃える柴とモーセ
  モーセは80歳のとき、シナイ山の麓で羊の群れを飼っていました。ふと、眼を上げて山の中腹を見ると、突然柴が火を発して燃え上がりました。その炎は何時までも消えないので、不思議に思って燃える柴に近づきますと、柴の炎の中から神の声がしました。「モーセよ、モーセよ」。「はい、ここにおります」。「足から靴を脱ぎなさい。ここは聖なる地だ」と。足から靴を脱ぐとは、自分の権利を相手に明け渡す意味があります。つまり、神様は、「自己にしがみつくのを止めて、神様に従う者となれ」と言われるのです。それは、モーセが神の愛に燃える柴となることを意味します。かくてモーセは「神共にいます」という確信をもってエジプトに行き、愛するイスラエルの民を奴隷の境遇から救い出すことが出来ました。

林田金弥の話
  林田金弥牧師は84歳の時、札幌平岸バプテスト教会から招かれて、その教会をヤクザの手から救うために牧師となりました。旧陸軍参謀の経歴を持つ先生は、勇気凛々としてこの任務についたのですが、ヤクザの方は暴力で脅してきて、簡単には勝てませんでした。何しろピストルで屋根の十字架を撃つ、大型ショベルカーで教会堂の壁に大きな穴をあける。警察はそれでも取り締まってくれないのです。そこで先生は「これはどうしても聖霊の力によらなければ勝てない」と悟って、私たちが開いていた「札幌グレイス」と云う名称の聖霊セミナーに来られました。
  私たちが先生の頭に手を置いて、「イエス・キリストの御名によって祝福する。林田金弥牧師、聖霊を受けなさい!」と命じますと、突然聖霊が降って、先生は「ピッポ、パッポ、〜、〜、〜、〜」という奇妙な異言を語り始めました。そして神様の愛で心が満たされ、顔もテカテカに輝いて、喜んで帰って行きました。
  それから又、ヤクザが車で乗り付けて来たとき、外に出た先生はヤクザに向かって大音声で叫びました。「イエス・キリストの御名によって命じる。悪霊出て行け、二度と来るな!」、そして両手を大きく挙げて、「ピッポ、パッポ、ピッポ、パッポ、〜、〜」と大声で異言を語りました。するとヤクザは「キャーッ!」と叫んで車に急いで乗り込むと、後も見ずに走り去り、二度と来ることはありませんでした。
  その後、愛甲石田や横浜のバプテスト教会にもどられて10年間、先生は94歳で天に帰られるまで、私たちの有力な協力者として聖霊の愛と力によって良い働きを続けられました。

  皆さん、このように聖霊の火は永遠に燃え続けられます。私たちは繰り返し聖霊の満たしを祈り求めてたゆむことなく、信仰の炎を燃やして生きて行こうではありませんか。                     アーメン

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