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                                                    2005/03/20の礼拝説教
  死ぬるも良し

   ルカ23:44〜49
   イザヤ53:10〜12
   ピリピ1:20〜21                 皆川尚一牧師
時はもう昼の十二時ごろであったが、太陽は光を失い、
全地は暗くなって、三時に及んだ。そして聖所の幕がまん中から裂けた。そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、
「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」。
こう言ってついに息を引きとられた。百卒長はこの有様を見て、
神をあがめ、「ほんとうに、この人は正しい人であった」と言った。
この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、
みな胸を打ちながら帰って行った。すべてイエスを知っていた者や、
ガリラヤから従ってきた女たちも、遠い所に立って、
これらのことを見ていた(ルカ23:44〜49)。

死にたくない
 わたしたちは若くても、年とっていても、いつ死ぬかわかりません。

 歌舞伎の6代目尾上菊五郎は臨終の時に、「まだ早いよ」と言って息を引き取ったそうです。65歳でした。もっと、もっと芸を磨きたいと思って
いたのでしょう。

 また、浮世絵師の葛飾北斎は臨終の時に、「あと10年のいのちを」と言いました。享年90歳でした。本当に満足のできる絵を描きたいという願いのこもった言葉ではないでしょうか。

 これらの人々は自分の人生に夢と希望とビジョンを持っていましたから、まだ死にたくないと思ったのです。自分の人生に夢も希望もビジョンも持てない人は、「早く死にたい」と思うかも知れません。ですから、車の中に練炭を燃やして自殺する若い男女が増えているのは、世の中に
生きる夢も希望も無くなったと感じる人が増えているからだと思います。
しかし、それだけの理由で死ぬならば、死後の霊魂の運命は不幸なものとなるでしょう。どうせ死ぬのなら、今日の説教題のように「死ぬるも良し」といって死にたいものです。それにはどうしたら良いのか、
それが今日の問題です。

イエス様の死に方
 そこで、先ずわたしたちの救い主イエス様の死に方に目を留めたいと思います。《ルカによる福音書23章44〜46節》を見てください。

「時はもう昼の12時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって3時に及んだ。そして聖所の幕がまん中から裂けた。そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、『父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます』。
こう言ってついに息を引きとられた」。

 イエス様のお受けになった苦難と十字架の死は、あのパッションという映画を見てもわかるように、恐ろしく残酷なものでした。にもかかわらず、その臨終のお言葉は極めて安らかでした。

「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」(46節)。

 これは《詩篇第31篇5節》と、ほとんど同じです。

「わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。
ヤーウェ、まことの神よ、あなたはわたしをあがなわれました」。

 ユダヤ人は子供のころから、夜寝る前にこの祈りをするように
しつけられています。もちろんイエス様もそうでした。わたしたちの
「おやすみなさい」という挨拶よりも、ずっと意味深いですね。
イエス様は「お父さん、わたしの霊をみ手にゆだねます」、
つまり「おやすみなさい」といって死なれたのです。

 ということは、直ぐに新しい朝が来て、天のお父様が
「イエス、朝だよ、起きなさい」と呼び覚ましてくれる希望があるということなのです。この希望がありますから、イエス様は耐え難いはずの苦難
をも死をも受け入れて、全人類の罪を背負って死なれたのです。

使命を果たして
 それゆえ、《ヨハネによる福音書第19章30節》には
こう記されています。

「すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、『すべてが終った』と言われ、首をたれて息をひきとられた」。

 「すべてが終った(ギリシャ語で、テテレスタイ)」とは「成し遂げられた」という意味で、使命を果たし終えた満足感がこもっています。神の独り子
イエス様がこの世に肉体をもって宿られた目的は、神様に背いて罪と死と滅びの中にある人類を救い、神の子としてあがないとるためです。
その使命を達成するのには罪も汚れもない神の御子の苦難と死とが
必要でした。わたしたちはイエス様の苦難と死とを見て神様の深い熱烈なご愛を知ることができます。このイエス様を信じ、受け入れる人は
この世でイエス様と一つになって生かされますから、何時死んでも
天国に甦ることが約束されているのです。

死ぬるも良し
 そこで、「死ぬるも良し」という死生観がうまれて来ます。使徒パウロは

「わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である」

(ピリピ1:21)と言いましたが、これは、「自分は生きることも、死ぬこともキリストとひとつだから、すべてが損ではなく、得になるのだ」という意味です。言い換えれば、この世から天国まで生き通しの人生だから
「すべて良し」とも言えます。

讃美歌361番3節にも、

  生くるうれし、 死ぬるもよし、
  主にあるわが身の さちはひとし

と歌われています。

しかし、「死ぬるも良し」と言うためには、日々の生き方が大切なのです。クリスチャンになればエスカレ一タ一に乗ったように自動的に天国へと
いうわけには行きません、日々の心がけが大切なのです。

* 丹波哲郎さんは「死は凱旋門」という本の中で、
「『明るく、素直に、あたたかく』これを毎日胸の中でそっと、そして
しっかりと抱いて、愛と奉仕に生き続けようと努力することが大切です」
と説いていますが、その通りだと思います。

* また、わたしは最近、佐藤愛子著「わたしの遺言」という本を読みました。面白くて一息に読み終わったのですが、今日の話に関係があるのです。佐藤さんは、遠藤周作さんが亡くなる前、電話で「もしもオレが先に死んで、死後の世界があったら、教えに出て来てやる」と言われて、
「遠藤さんの幽霊なんか、来ていらん!」とことわったのだそうです。
ところが、遠藤さんが亡くなった翌年の平成9年5月中旬のある夜遅く
佐藤さんが、霊能者の江原啓之さんと電話で話しているとき、江原さんが「佐藤さん、ちょっと待って、遠藤さんがあなたの部屋に来てます」と言いました。「遠藤先生がこういっておられます。『死後の世界はあった。
こっちの世界はだいたい君が言った通りだ。作家というのはみな怠け者だから、こうして時々見回りしなければならないんだ。この前君はじっと
居眠りしとった』。遠藤さんが行かれた所は幽界の一番高い所で、四季の花が咲き、鳥が歌い、いうことなしの天国といわれている所に当たります。遠藤さんは『ぼくの人格が高いから真っ直ぐにここに来た。人の役に立ってきたからなあ。沢山の寄付もしたし----』と自慢しておられます」。また、別の時佐藤さんは江原さんからこの国の先行きについて遠藤さんに訊ねてもらった。すると遠藤さんの返事はこうだった。『国のことよりも自分のことだ』と。彼女ははっとしました。「大切なことは、一人々々の
波動をあげることだった。政治家を批判しても仕方がない。一人々々の波動の高まりが優れた政治家を生み出すのだ」と思ったというのです。

  やはり、日々の生活の中でイエス様との霊の交わりを深め、「明るく、素直に、あたたかく」、愛と奉仕に励んで、少しずつイエス様に似た霊魂に変えられて行くことを目指して生きて行こうではありませんか。アーメン

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