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                                                    2005/12/18の礼拝説教
  貧しい者の幸せ

   ルカ2:8〜20
   イザヤ29:17〜24
   Uコリント8:9                   皆川尚一牧師
昼寝の夢
 徳富蘆花(ろか)の作品の中に、「昼寝の夢」という諷刺に富んだ一文があります。かいつまんでお話しすると次のようなものです。

 ある日旅人が天国へ行った夢を見た。それは壮麗をきわめた新天新地で、その光景はさながらヨハネの黙示録第21章〜22章を思わせるものであった。天国の中央には新しいエルサレムがあって、その石垣には、昔から歴史の上に貢献した作家の名がずらりと刻まれていた。

 天国の旅人はその美しさに目を見張りながら、一つひとつの石を調べてみた。ダンテ、ミルトン、シェークスピア、テニスン、ブラウニング、
ユゴー、トルストイ、ドストエフスキー、シェンキービッチ等、世界的に有名な作家から、それほど有名でない人々の名まで刻まれている。
彼は内心おどろきの声を発しながら、こんどは自分の名が刻まれている「栄光の石」を一生懸命に探し始めた。

 ところが自分の名が見当たらない。彼は自分も相当な作家であるから、それ相当の石に名が刻まれているであろうと思って、大きな石から
順々に小さな石まで見ていったが、どうしても見当たらない。
それでも尚見て行くとなんとほんの小指の先ほどの小さな石に
「徳富蘆花」と刻んであるのを発見した。彼はカッとなって、いかりのあまり大石と大石との間に挟まれた、その自分の石を取り出して捨ててしまおうと、指をさし伸べると、俄然大音響とともにこの壮大な天の都が崩れかけた。その瞬間、彼はハッと目が醒めたのであった。

貧しい者への愛
 この話でもわかるように、神様は人の目から見て貧しく小さな者に
特別の愛を注いでおられます。
このことがよくわかるのがクリスマスなのです。
 さきほど朗読したルカによる福音書第2章8節から12節までの間に
五つの貧しく小さなものが隠れています。それを捜し出して見ようでは
ありませんか。

 第一に、ベツレヘム、それは貧しく小さな町でした。

 第二に、町はずれの洞穴、それも貧しく小さな洞穴でした。
聖画などには天井の高い大きな洞穴が描かれたものもありますが、
私が訪ねた洞穴は目立たない小さなものでした。

 第三に、飼葉桶です。石の桶だったか、木の桶だったかは
わかりませんが、その中に新しい飼葉(わら)を敷いて
ベビーベッドにしたのでしょう。

 第四に、その中に寝かされた赤ちゃんです。布にくるんで寝かされた
赤ちゃんは天国の王の王子様には見えない貧しい姿でした。

 第五に、羊飼たちです。羊飼たちは世の中で一番身分の低い
貧しい人たちでした。

 このように貧しくちいさなもの達を選んで、神さまは最愛の御子イエス様のご誕生を告げ知らせ、貧しい者を愛していることをあかしして下さったのです。

貧しい者の幸せ
 この世では富んだ者、大きな者が尊ばれ、貧しく小さな者は人々から
馬鹿にされがちです。大人は子供を後回しにするし、男は女を苦しめ、強い者は弱い者をいためつけます。そして金持や権力者は貧乏人や
病人を喰い者にしています。そのため貧しい者、弱い者は、
「死んだほうがましだ」と思うこともあるでしょう。

 しかし、皆さん、イエス様は貧しく弱い者の救い主となって天から下って来られたのです。
≪コリント人への第2の手紙8章9節≫を見て下さい、

 「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になる
ためである」。

 主イエス様は貧しく低い人間となって、神様に離反したわたしたち人間の罪と汚れと苦しみと死とを担って下さり、十字架の上でそれらを処分
して、わたしたちに罪の赦しと潔めと平安と永遠の命とをプレゼントして下さいました。それによってわたしたちは本当の幸せと喜びとを満たされた心の金持になることができたのです。いやそれ以上の幸せを頂いて
いる事に目を留めて下さい。≪ルカ7:28≫を見て下さい。

 イエス様はこう言われました、

 「女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない。
しかし、神の国で最も小さい者も、彼よりは大きい」と。
なぜそう言えるのでしょうか?

 バプテスマのヨハネが歴史上最大の預言者になったのは、
神の御子イエス様を救い主として世に紹介した人だからです。

 しかし、わたしたちクリスチャンはただイエス様を救い主として世に
紹介するだけでなく、イエス様と一体であります。
「キリスト、わが内にあり、われ、キリストのうちにあり」です。
イエス様が天のお父様から、「あなたはわたしの愛する子、
わたしの心にかなう者である」(ルカ3:22)と御声をかけられたように、
わたしたちも同じ愛の御声をかけられているのです。

 どうか皆さん、このクリスマスの日に心を開いてイエス様を心の王座にお迎えし、貧しい者の幸せを霊魂(たましい)いっぱいに味わう人に
なろうではありませんか。                       アーメン

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