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                                                  2002年12月1日の礼拝説教
  天にホームがある

   ヨハネ14:1〜6
   ダニエル12:1〜3
   へブル11:13〜16               皆川尚一牧師
天にホームがある
 「あなたがたは、心を騒がせないがよい。
 神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、
 すまいがたくさんある。もしなかったならば、
 わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、
 場所を用意しに行くのだから。
 そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、
 あなたがたをわたしのところに迎えよう。
 わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。
 わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにわかっている」。
 トマスはイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのか、
 わたしたちにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょう」。
 イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。
 だれでもわたしによらないでは、
 父のみもとに行くことはできない」(1〜6節)。

今日のメッセージの主題は、「天にホームがある」ということです。ホームとは、「あなたのホーム」であり、又、「わたしのホーム」であります。
ホームとは心の落ち着く「わが家」「わが故郷(ふるさと)」であります。
「それが天に備えられているのだよ」とイエス様は心をこめて優しく弟子たちに語られました。なぜなら、この時の弟子たちの心は、夜のガリラヤ湖で烈しい嵐に弄ばれる小船のように乱れ騒ぎ、不安におののいていたからです。その理由は二つあります。
 第一に、イエス様が次の日には十字架につけられて死ぬことがわかったからです。弟子たちは皆、それぞれ自分の家を捨て、職業を捨て、
イエス様に全てを捧げてついて来ました。杖とも、柱とも頼むイエス様を失ったらどうするか。不安におののくのは無理もありません。
 第二に、弟子たちは自分を失うことになるからです。人はだれでも、
「おぎゃあ」と生まれた赤ちゃんの時から親に依り頼みます。母のふところが安らぎの場であり、親のいる所がわが家であります。しかし、成長するにつれて教育や訓練を受けて自信をつけ、自分の力に依り頼むようになります。これは自立心というもので、必ずしも悪いものではありません。しっかりした自立心、自尊心を持って、しかも良心的に生きて行くためには自分の力にだけ依り頼んでいては駄目なのです。なぜなら、自分の力が全く失われる時があるからです。その時、人は自分自身を失ってしまいます。 ですから、イエス様は弟子たちに「神様を信じ、またわたしを
信じなさい」と言われ、天のホームに目を挙げるように導かれたのです。

天の父の家
 「わたしの父の家には、すまいが沢山ある」とイエス様は言われました。イエス様はなぜそれを知っておいでになるのでしょうか?
それはイエス様が故郷である天の父の家からこの世に来られた方
だからです。讃美歌にも歌われています。

  さだめたまいし  救いのときに、
  かみのみくらを  はなれてくだり、
  いやしき賎の   処女(おとめ)にやどり
  世びとのなかに  住むべきために
  いまぞ生まれし  君をたたえよ       (讃美歌98の2番)

 イエス様はこの歌にあるとおりに、人類の始祖アダムとエバが神様に背いたために罪の世をさすらう旅人となった全ての人々を救うための
キリストとしてこの世に来て下さいました。人はだれでも神の独子イエス様を見て天の父なる神様のご愛を信じる者となり、天のホームに帰って行く神の子となることが出来るのです。天の父の家は永遠の我が家で
あり、我が故郷であり、みなさんは天のお父様のふところにいこうことが出来るようになったのです。それは、天の父のふところに抱かれている
イエス様が天から降って来て、わたしたちひとりびとりを救い、その愛のふところに抱いて下さったからです。なぜ、それほどまでに天のお父様や御子イエス様はわたしたちを愛して下さるのでしょうか?
 それは、実は、わたしたち人間が天のホームからこの地上に降りて来た霊魂であるからです。エペソ1章3節以下にそれが書いてあります。
それは天界のドラマです。
 天地創造の初めに、すべてのものが混沌としたやみの中にあった時、「光あれ!」というおごそかな天のお父様の御声が鳴りひびき、光の根源である神様から光が照りいでました。それは永遠の御子の栄光であり、御子の栄光の中から天使たち、人間たちの輝く霊魂が生まれいでました。このようにして天のホームが生まれいでたのです。そして御子と天使
たち人間たちは天界の勢力を結集して、三次元の物質世界を作り出して行きます。人間の霊魂は地上の物質的な肉体の中に送りこまれることによって初めの人間アダムとエバが造られました。そして彼らが結婚する
ことによって生まれる人間には胎児の時代に、天界から人間の霊魂が送りこまれるのです。人の霊が天界から胎児の中に送り込まれる時、
天界では盛大な送別会が行われるようです。主イエス様の祝福をはじめ、天使たち聖徒たちの祝福が沢山あたえられるのです。
 * かつて相模大野教会の一員であったY.Fさんは、そのような天界での盛んな送別会の記憶を持っている珍しい人です。Yさんは天界で
主イエス様から、地上世界での人生について記された巻物を授けられました。それを授けるとき、イエス様は彼女に「本当にこれで良いのか?」と念を押されたそうです。その巻物には彼女がこの世で受ける過酷な人生計画が書いてあったのですが、「はい、よろしいです」と答えて巻物を
受け取りました。そして出発すると、天界の至る所から、「いってらっしゃーい!」とか「お元気でねー!」とか「頑張ってらっしゃーい!」とか色々な声援が聞えてくるし、沢山々々祝福を受けて生まれて来たのだと話してくれました。彼女の人生は波瀾万丈でした。天界の記憶を持ち、霊のことがわかるゆえに変な子だ、変な人だと思われ、イエス様を心から信じ、
神の愛に生きるゆえに人からうとまれて二度の離婚を経験し、今は独りで生きておられます。しかし、彼女の心はイエス様と天のホームにしっかりと結ばれているのです。

私は道である
 天のホームに帰りたい人々は、救い主イエス様に依り頼むでしょう。
なぜならイエス様は「私は道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは父のみもとに行くことはできない」と言われるからです。天国への地図はどこにもありません。しかし、天国への案内者はいます。このお方に従っていけば必ず天のホームに帰りつくことが出来るのです。イエス様は死から甦って、わたしたちに先駆けて天に帰られました。それはわたしたちのために天国に素晴らしいホームを設けるためであり、又、迎えに来てくださると約束しておいでになります。イスラエル民族の祖先であり、信仰の父と呼ばれたアブラハムも、地上の故郷である
ハランに帰ろうとはせず、天にある故郷の美しい都を「わが心の故郷」と信じて、試練の多い旅人の生活に甘んじたのです。どうかこの世の使命を果たすまでイエス様を信じて天のホームを目指しましょう。   アーメン

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