トップページ >> 説教 >> 命は素晴らしい
                                    2009/4/12 復活祭礼拝説教礼拝説教
  命は素晴らしい

   ホセア6:1〜3
   Tコリント15:45
   マタイ28:1〜10                皆川尚一牧師
イエスは甦られた
 1さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。2すると、大きな地震が起こった。それは主の使いが天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。3その姿はいなづまのように輝き、その衣は雪のように真白であった。4見張りをしていた人たちは恐ろしさの余り震えあがって、死人のようになった。5この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、6もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。7そして、急いで行って弟子たちにこう伝えなさい、『イエスは死人の中からよみがえられた。見よ、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお会いできるであろう』。あなたがたにこれだけ言っておく」。8そこで女たちは恐れながらも大喜びで、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。9するとイエスは彼らに出会って、「平安あれ」と言われたので、彼らは近寄りイエスの御足をいだいて拝した。10そのとき、イエスは彼らに言われた、「恐れることはない。行って兄弟たちに、ガリラヤに行け、そこでわたしに会えるであろうと、告げなさい」(マタイ28:1〜10)。
  ここには、イエス様が金曜日の夕方十字架の上で死んで葬られたお墓を、3日目の日曜日の朝早く訪ねた女たちのことが記されています。マグダラのマリヤとほかのマリヤはイエス様のご遺体に香油を塗るために行きました。彼女たちは「5,6人の男の力でやっと動かせるような重い墓の蓋をどうやって開けたら良いか」などと話しながら、来たのです。  
  しかし、その心配は要りませんでした。大きな地震が起こって墓の蓋は脇に転がされ、天使がその上に坐っていました。その天使の姿は稲妻のように輝き、その衣は雪のように真白でした。天使は言いました、
  「恐れることはない。イエス様はもうここにはおられない。かねて言われた通り甦られたのである。また、ガリラヤでお会いできるであろう」と。
  女たちが大喜びで弟子たちに知らせるために走って行くと、突然イエス様が現われて「シャローム!」と挨拶されたので、女たちはイエスさまのみ足を抱いて拝しました。そして、「ガリラヤで会おう」という御告げをイエス様からも聞きました。
  11人の弟子たちは主の指定されたガリラヤの山に登って、そこでイエス様にお会いしたのです。イエス様は言われました、
  「わたしは天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである」(マタイ28:18〜20)。
  イエス様に授けられた「権威」とは、天界とこの世との一切を統べ治め、調和と繁栄をもたらす命と愛の権威であります。

命は素晴らしい
  皆さん、わたしたちはイエス様のご復活の出来事とそのメッセージを通して、万物を結ぶ命の絆に目を留めさせられます。  
  聖書の創世記を見れば、「初めに神様が天地万物をお創りになった」とあります。神様は万物の根源で、その本質は霊であり、光であり、命であり、愛であります。原始の霧の中から、「光あれ」という神のみ声が鳴り響きます。すると光が輝き渡ります。光は命であり、愛であります。光の中からありとあらゆるものが生まれ出てきます。太陽、月、星、水、空気、海、陸地、様々の植物、様々の動物、そしてそのような素晴らしい命と愛の世界に神の子としての人間が生まれ出でます。みんな同じ神様の光と愛の絆で互に結ばれ永遠に調和して生きる仲間たちです。  
  それらは先ず霊的な天界を形作り、物質的な衣をつけてこの三次元の世界を形作っています。  
  人間もそうです。人類の始祖アダムは粘土で作られた体の中に霊魂を入れられて「人」となりました。三次元的な体を衣のようにまとっていますが、人間の本体は霊です。この全身60兆の細胞で出来ている体と霊魂とは精巧に結びついていて、死ぬときに分離するまでは、バランスよく生かされています。しかし、アダムは命の本源である神様に背いたために、霊的に孤独になり、生きている目的を見失い、生きる力を失うようになります。霊的、精神的なバランスが崩れると、体のバランスも崩れることになります。それゆえ、アダムの子孫であるわたしたちは皆死ぬのです。  
  ところで、人間は親から子へと遺伝子を受け継いで地球上に繁殖してきました。これは命と愛の絆で結ばれた神秘的な関係です。その命と愛とは神様から発して、すべての親子関係を通じて人間世界全体を包み込んでいます。神様は人間が滅びてほしくないのです。  
  ですから、人間が神様の命と愛に目覚めるため、神の御子イエス様がこの親子関係の中に身を置いて下さいました。神は肉体をもってこの世に宿られました。そして、十字架の死を経験して、3日目に甦られました。それは、全ての人がイエス様と共に甦るためです。

命の絆を握ろう
  次に、《Tコリント15:45》を見て下さい。
「聖書に『最初の人アダムは生きた者となった』と書いてあるとおりである。しかし、最後のアダムは命を与える霊となった」。  
  最後のアダム、第2のアダムであるイエス様はすべての人に命を与える霊であり、万物に命を与える霊であります。このお方にしっかりと結びつくことによって人間も万物も皆生かされます。イエス様という命の絆をしっかりと握りましょう。
「わたしは甦りであり、命である。わたしを信じる者はたとい死んでも生きる。また生きていてわたしを信じる者はいつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」(ヨハネ11:25)。 アーメン、わたしはこれを信じます。
  わたしはいつも、この礼拝の式文の中に、わたしの父と母の写真を
入れています。それはすでにイエス様を信じて天の故郷に帰った父、母、兄弟たちの命と愛の絆を大切に自覚し、彼らと共に神様を礼拝するためです。なぜなら教会の礼拝は天国にある聖徒たち、天使たちの礼拝とつながっているからです。いや、そればかりでなく、全天界、全自然界の礼拝・讃美と一つになっているのです。太陽も、月も、星も、草花や動物たちも、山や川や海もみな「イエス様は甦られた」と歌っています。どうか、皆さん、わたしたちも精一杯神様を讃美し、イエス様のご復活をお祝い
しようではありませんか。                       アーメン

次回予告 09.4.19  国を興す道(箴言28:2)

トップページ >> 説教 >> 命は素晴らしい